福岡市博物館
福岡市博物館

カレンダー

2019年7月
« 11月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

お知らせ 『新修 福岡市史』より 如水の隠居所のその後

2014.12.25

「軍師官兵衛」最終回,ご覧になりましたか?
1年間,全50回の大河ドラマも終了です。
 
本編では福岡城の場面は一瞬でしたが,
官兵衛紀行では,福岡城内で如水の隠居所があった場所が紹介されていました。
現在は「黒田如水公御鷹屋敷跡」と刻まれた石碑が建っている牡丹・芍薬園です。
その後,年貢算用の統括責任者の屋敷になったようですが,
江戸時代中期以降は,この場所がどのように使われていたのかはよく分かっていません(『新修 福岡市史』特別編 福岡城─築城から現代まで─131頁~132頁)。
明治時代に歩兵二十四聯隊が福岡城跡に設置されると,
この場所には将校集会所が置かれました。
178頁~179頁に掲載している明治29(1896)年発行の絵図には,
当時の城内の様子が詳しく描かれています。
昭和20(1945)年の終戦後は,
福岡大学の前身となる福岡外事専門学校が,この場所にできました。
昭和50年代に福岡大学の校舎が城内から移転すると,舞鶴公園の一部として整備が進み,
昭和55年度には牡丹と芍薬の植栽工事も行われて,
以降,季節になると毎年見事な花が咲き,多くの市民が訪れています。
戦後の「黒田如水公御鷹屋敷跡」については,208頁~211頁あたりが詳しいです。
 
長政と栄に長男・萬徳が誕生した場面もありましたね。
萬徳は,のちに福岡藩二代藩主となる忠之(1602~54)です。
忠之が生まれたのは,福岡城内の栗山善助の屋敷でした。
善助の屋敷の場所は現在の裁判所があるあたりです。
善助の屋敷跡については,第2回放送のあとにも紹介しましたが,
詳しくは,特別編 福岡城─築城から現代まで─の Ⅴ 三の丸(131頁~)をご覧ください。
135頁には,福岡城が完成したころの栗山備後(善助)屋敷あたりの図,
172頁には,幕末の同じ場所の図を掲載しています。
さらに,204頁には現在の図もあります。

「特別編 福岡城」は,福岡市内の図書館で借りることができます。
購入について,詳しくは福岡市史のホームページをご覧ください。
 
「軍師官兵衛」,ご覧になりましたか?
は,今回で終了ですが,
これからも,『新修 福岡市史』より のお知らせは続けていきたいと思っています。
今後とも,『新修 福岡市史』を,どうぞよろしくお願いします。