展示・企画展示室

No.582

企画展示室3

動く海の中道-消えゆく遺跡-

令和4年7月12日(火)~ 10月23日(日)

はじめに
写真1 海の中道 奈多砂丘B遺跡周辺
写真1 海の中道 奈多砂丘B遺跡周辺

 穏やかな博多湾(はかたわん)は福岡の歴史文化に大きな影響を与えてきました。外海から博多湾を守るバリアとして、重要な役割を果たしてきたのが海(うみ)の中道(なかみち)です。この海の中道が、日々少しずつ動いていることはあまり知られていないのではないでしょうか。

Ⅰ 動く海の中道

 海の中道は、志賀島(しかのしま)と大岳(おおたけ)、新宮(しんぐう)などの岩盤をつなぐ、規模の大きな砂丘です。砂丘は、今の海の中道を形作っている「海(うみ)の中道(なかみち)砂層(さそう)」と、その下に堆積している、氷河時代以前に形成された古い「奈多(なた)砂層(さそう)」の2つの砂層から構成されています。

 海の中道の北側の海岸では、志賀島にぶつかった海流が分かれて志賀島の東側を回り込み、強い波が押し寄せています。この波によって削られた古い奈多砂層の砂は、浜に打ち上げられると乾いて、吹きつける強い北風に運ばれ、新たな砂丘が作られます。このようにして現在も堆積し続けている砂丘が、海の中道砂層です。

図1 海の中道における砂丘の浸食と南進
図1 海の中道における砂丘の浸食と南進

 一方、海の中道の南側の海岸では、博多湾を反時計回りに流れる海流により砂が運ばれ、西戸崎(さいとざき)の東側を中心に海岸に堆積し続けています。このような地形の変化が連綿と繰り返されることにより、海の中道は長い時間をかけて南に動いてきたのです。

 海の中道の南進を端的に表現すると、奈多砂層の浸食による海の中道砂層の堆積とまとめることができます。ではこうした地形の変化はいつ頃から始まったのでしょうか。

図2 奈多砂層の浸食による海の中道砂層の堆積
図2 奈多砂層の浸食による海の中道砂層の堆積

 きっかけは、約1万5千年前から始まった温暖化と考えられています。海面の上昇により、奈多砂層の浸食が始まったのです。最も海面が上昇した約4700年前(縄文(じょうもん)時代中期)の海の中道は、図1に示したように、現在よりも約500メートル北側にあったと推測されています。約3100年前(縄文時代晩期)になり海面がほぼ現在の高さで安定すると、浸食と堆積の繰り返しが本格化してきました。
 

Ⅱ 海の中道と遺跡 

 地元の人々によれば、近年の気候変動の影響のためか、北側の海岸の浸食の速度は増しているといいます。海の中道には、北側の海岸を中心に、複数の遺跡がありますが、強い波と風は、これらにも影響を与えています。

写真2 露出した土器
写真2 露出した土器

 海の中道の北岸の中央部にある奈多(なた)砂丘(さきゅう)B(びー)遺跡(図1参照)では、旧石器(きゅうせっき)時代の遺物を含む古い奈多砂層だけでなく、弥生(やよい)時代の遺物(いぶつ)を含む海の中道砂丘も浸食を受けつつあります。このため、波に洗われて露出した土器(どき)や石器(せっき)などが、付近の人々や考古学者により採集され、また、遺跡の記録保存等を目的として、これまで2回の発掘調査が行われました。

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休館日

開館時間
9時30分〜17時30分
(入館は17時まで)
※7月22日〜8月26日の金・土・日・祝日と8月15日は、常設展示・企画展示のみ20時まで開館
(入館は19時30分まで)
休館日
毎週月曜日
(月曜が祝休日にあたる場合は翌平日)
※年末年始の休館日は12月28日から1月4日まで

Facata(博物館だより)

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