福岡藩の時代


 福岡は城郭と武家屋敷、商人・職人の町々が広がり、博多も黒田長政により再整備されて、商人・職人や交通に携わる人々の町々が広がっています。さらに福岡と博多の周囲には寺社がおかれています。江戸時代の中後期には筑前国内外の農水産物を扱う問屋商人や大製造業者の都市へと変わっていきました。この時期の福岡博多両市中の姿は文政期に描かれた『筑前名所図会』の中に生き生きと描かれています。

田中源工  福岡藩の御抱え具足(甲冑)師。

瀬戸惣右衛門寛次
 博多の商人で鉄問屋と櫨蝋(はぜろう)の板場を経営しました。

具足作成材料と用具 (左から)かさね、紙型、るつぼ、のりべら


『筑前名所図会』

 
「博多織」
 


「博多高麗(こま)」
 


「博多年行司」
 

 
「博多練酒」