No.44
平成13年9月25日(火)発行



草花流水文様小袖
会期:平成13年11月27日(火)〜平成14年2月4日(日)
会場:部門別展示室2(黒田記念室)

  最近、昔ながらのモノの良さというものが見直され、和服を、ちょっとしたおしゃれ着のように楽しむ若い人も増えてきました。さて、和服のことを「きもの」とも呼びますが、この、「きもの」の原形となるのは、近世の「小袖(こそで)」です。
  「小袖」とは、もともと「大袖(おおそで)」と対をなす呼び名でした。平安時代以来の公家(くげ)の装束(しょうぞく)を見ても分かるように、日本の衣服の表着(おもてぎ)は、もともと袖口が大きく開き、袂(たもと)が袋になっていませんでした。これに対し、その下に着るインナーウェアとしての衣服は、袖口が小さかったことから「小袖」と呼ばれるようになったのです。近世以降、袖口が大きく開いた衣服が、公家の男性など、ごく限られた場やシーンでしか用いられなくなる一方で、袖口が小さく、袂が袋になった小袖が表着として一般的になります。そして、衣料全般をいう「きるもの」=小袖形の衣服という概念ができあがりました。この概念が浸透したことが、今日まで小袖形の衣服を「きもの」と呼ぶ下地になっているのです。
  染めは鮮(あざ)やか、刺繍(ししゅう)は絢爛(けんらん)、織りは豪華な、近世の「きもの」の世界をお楽しみ下さい。(杉山未菜子)

会期:平成13年10月16日(火)〜12月2日(土)
会場:部門別展示室4(考古・民俗展示室)

  「見得(みえ)」とは歌舞伎の決めのポーズのこと。而して、その舞台は!
  玄界灘の荒波洗う福岡市西区小呂島(おろのしま)。博多湾から45キロメートル沖合にある周囲3.3キロメートル、人口223人の漁業の島です。無病息災と大漁を祈願する「万年願(まんねんがん)」として神社に奉納されてきたのがこの歌舞伎なのです。
  演じるのは16から33歳の島の男たち、そして歌舞伎を彼らに伝授した師匠は筑前芦屋(ちくぜんあしや)役者や大分県の中津(なかつ)北原役者など本職の人たちでした。青年たちはそれぞれプロの役者よろしく三桝屋(みますや)・若山屋(わかやまや)などの屋号を持ち、

昭和35年の万年願歌舞伎


小呂島
三番叟(さんばそう)、伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)、絵本太功記(えほんたいこうき)、仮名手本忠臣蔵(かなてほんちゅしんぐら)、ひらかな盛衰記(せいすいき)、菅原天神記(すがわらてんじんき)など本格的な芸題を、華やかに披露してきたのです。旧暦6月30日の師匠の来島を待って稽古を始め、7月18日から20日の祭り期間中に上演する習わしでした。
  どんな本格的歌舞伎も人あっての物種。演じる青年が減ったこと、師匠を失ったことなどが重なり、昭和45年から歌舞伎を上演できなくなり現在に至っています。そして、陽の目を見なくなったその衣装は博物館に残されました。
 本展では、玄界灘の知られざる万年願歌舞伎を紹介します。
(福間裕爾)