
▲絵はがき
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!(一枚80円) |
民謡「黒田節」に「日の本一(ひのもといち)のこの槍」とうたわれた日本号の槍は、黒田家家臣の母里太兵衛(ぼりたへえ)が武将の福島正則(ふくしままさのり)から呑(の)み取ったおはなしで有名です。筑前(福岡)の国学者である貝原益軒(かいばらえきけん)が元禄4年(1691)に書いた「黒田家臣伝」によりますと、この槍はもともと豊臣秀吉が秘蔵していたのを、福島正則が手柄をたてたので下賜(かし)され、それを伏見での祝宴のおりに母里太兵衛が強要された大盃を飲み干して約束したこの槍を手に入れたとあります。その所有権を明示するかのように鞘(さや)には母里家の四角い釘抜紋(くぎぬきもん)が螺鈿(らでん)でついています。しかし、これは当時の鞘ではありません。「黒田家譜」をみますと、太兵衛が黒田如水と長政のそれぞれの夫人を、関ヶ原の戦いの直前に大坂から脱出させるときに持っていた日本号の槍の鞘は、杉の葉みたいなふっくらした熊毛製であったと記しています。
穂先を輪切りにした形は三角形で、もっとも長い一辺の面に溝(樋)を彫り、その中に不動明王の智剣に巻ついた倶利伽羅龍(くりからりゅう)を彫り出しています。銘はありませんが、室町時代後期の大和(奈良)の金房(かねふさ)派作という説があります。
総長321.5cm、重さ2,800g
(田鍋 隆男) |