企画展示
企画展示室4
「たくさん残っているもの」と蒐集趣味
平成29年4月11日(火)~6月11日(日)

はじめに
博物館の収蔵資料の中には、個人が趣味として集めてきた品々が少なからず含まれています。これらのコレクションは伝統的な書画骨董(しょがこっとう)の類から、切手やコイン、あるいは郷土玩具といった時代の流行を示すものまでさまざまです。この展示では、日々の生活の中で人々が情熱を注いで築きあげたいくつかのコレクションを通して、私たちを魅了する蒐集(しゅうしゅう)という行為の楽しみと凄みを見ていきたいと思います。
なお「蒐集」と「収集」は、どちらも「あつめること」ですが、ここでは趣味的なコレクションの意味合いが強い「蒐集」をおもに用いています。
1 郷土玩具
博物館で近年、よく寄贈のご相談を受けるものに、故人が蒐集していたという郷土玩具のコレクションがあります。大正時代の終わり頃から昭和10年代にかけて全国的な流行をみた郷土玩具蒐集趣味は、戦後、昭和30年代から40年代にふたたびブームを迎えます。当時、勇んで各地の玩具を集めた方々が、だんだんと鬼籍に入られる時期を迎えたというわけです。
郷土玩具ブームを支えた背景のひとつに、人々の旅行体験の拡大がありました。交通網の整備によって、より簡便に旅行が楽しめるようになると、「地方色豊かな」郷土玩具は、地域の特色を感じるための興味深い素材として、そして格好の思い出の品として、多くの人々に集められるようになったのです。
ここでは、近世文学と民俗学を研究し佐賀・福岡で教鞭を執られた市場直次郎氏(1904-96)のコレクションから、九州にゆかりの郷土玩具をご紹介しましょう。

2 小絵馬
神仏に祈願して奉納する小さな板絵が小絵馬です。かつては願いの内容によってそれぞれ異なる絵柄のものを使うことが珍しくありませんでした。まるで謎掛けのような画題の奇抜さもあって、各地の小絵馬もコレクターズ・アイテムのひとつと見なされていました。
小絵馬を集める人は、たいてい郷土玩具のコレクターでもありました。土地ごとの信仰と風習のありようを示す素朴な小絵馬は、ノスタルジックな郷土趣味にうってつけの品だったのです。

3 はきもの
当館が所蔵する代表的な個人コレクションのひとつに旧吉川観方(よしかわかんぽう)コレクションがあります。吉川観方氏(1894-1979)は京都の日本画家・版画家で、公家や武家の儀礼・装束等を探求する故実研究家・風俗資料蒐集家として大きな足跡を残した人物です。
このコレクションは、人気の高い幽霊・妖怪画が数多く含まれるなど、たいへんユニークなものですが、日本の服飾史を実物でたどることができる学術的に貴重な資料群でもあります。
その膨大なコレクションの中から、ここでは草履(ぞうり)や下駄(げた)、沓(くつ)といった、はきものに絞ってご紹介していきます。吉川観方という人の眼を通して集められた品々からは、かつて京都で繰り広げられた人々の多様な生き方を、できるだけ正確に描きたいという情熱が、まざまざと伝わってくるようです。
4 看板

店や商品などの広告標識である看板にはさまざまな種類があり、また工夫を凝らした意匠も多く、見るものを惹きつけてやみません。近年では蒐集の対象としてレトロな琺瑯(ほうろう)看板などに人気が集まっています。
当館に収蔵されている看板類の中核をなすのが、旧三潴町(みづままち)(現・久留米市)の郷土史家・鶴久二郎(つるくじろう)氏(1902生)が蒐集した80点をこえる木製看板です。
同氏が蒐集の道に目覚めたのは19歳の頃。骨董店の前に山積みされていた古い和本類を買い求めたのがきっかけだったといいます。以来、久留米藩を中心に、さまざまな史料を精力的に蒐集し続けた成果は、何冊もの史料集として刊行され、広く利用されています。
その蒐集対象は文書のみならず、過去の生活を伝えるさまざまな道具類に及んでいます。看板のような比較的大型の品を個人で集めるには、相応の保管環境と熱意が必要ですが、このコレクションからは、困難をものともせず蒐集に邁進する姿が見えてくるかのようです。
5 双六

さいころを振って盤上のますを進み、上がりにたどり着く順番を競う双六(すごろく)(絵双六)は、日本人にとってなじみの深いゲームといえるでしょう。
その理由のひとつに、明治時代以降、双六が多くの雑誌、特に児童雑誌の付録として広く普及したことがあげられます。さまざまな題材について、流れに沿って遊びながら仮想体験できる双六は、教育や宣伝に効果を発揮する媒体でした。
ここで紹介するのは、そうした雑誌付録の絵双六コレクションです。蒐集したのは北九州小倉で長年学校教諭を務めた岡田一氏(1919年生)。教育関連資料をはじめとする同氏の蒐集品は、当館所蔵の個人コレクションとしては最大を誇り、その数は二万件にも及びます。
6 雑誌創刊号

岡田氏の蒐集品のうち特に充実したジャンルが、雑誌の創刊号コレクションです。明治7(1874)年に出た「明六雑誌」をはじめ、明治から大正、昭和にいたる雑誌の誕生当初の姿が、三千タイトル以上も集められているのです。
次々と刊行される雑誌の網羅的な収集は、個人には(ほとんどの図書館ですら)不可能なことです。そこで蒐集家が目をつけたのが創刊号に絞って集めていくという方法でした。とはいえ、これだけの数を集めることは、並大抵のことではありません。ここにそのすべてを展示することはできませんが、圧巻の蒐集家魂を感じていただきたいと思います。
(松村利規)
【写真解説】
1 能古見(のごみ)の土人形 牛乗り猿
佐賀県鹿島市で戦後に創始された郷土玩具。祐徳(ゆうとく)稲荷神社の参詣土産として現在も親しまれている。(昭和24年頃/市場直次郎資料)
2 蛸薬師(たこやくし)絵馬
京都市中京区永福寺(えいふくじ)では、本尊・蛸薬師にちなみ、古くから病気平癒を祈願して蛸の絵馬を奉納してきた。(昭和5年頃/市場直次郎資料)
3 三つ歯下駄
江戸吉原(よしわら)の花魁(おいらん)道中、京嶋原(しまばら)の太夫(たゆう)道中で履かれた黒漆塗りの三つ歯下駄。八文字(はちもんじ)と呼ばれる足運びがしきたり。(江戸時代/旧吉川観方コレクション)
4 看板「延齢五徳圓 調中蘓命丹」
神崎(かんざき)七日町(現・佐賀県神埼市)で製造された小児薬・胃腸薬の広告。伊万里の販売店に掲げられた。(明治時代/鶴久二郎旧蔵資料)
5 飛行機旅行雙六
博文館発行の「少年世界」第9巻第1号付録。少年が飛行機で世界一周をはたして凱旋するまでを描く。(明治43年/岡田一資料)
6 「趣味」創刊号
「趣味の振興と保存」を謳い創刊された雑誌。彩雲閣発行。日本における趣味という言葉の定着に寄与した。(明治39年/岡田一資料)