企画展示
企画展示室2 黒田記念室
ゆるカワ日本美術
平成31年3月5日(火)~5月6日(月・振休)

はじめに
本企画は、日常生活でよく目にする「ゆるカワ」をキーワードに、古美術を現代の価値観で再解釈しようという展示です。一見軟派なテーマで展示作品も軒並み「ゆるい」ものですが、積極的に展示の奥を覗いていただければ、ゆるくない面白味が見つかるかもしれません。
ゆるカワとは
ゆるカワな日本美術作品を紹介するにあたって、まずはゆるカワとはどんなものかを説明する必要があります。この語は「ゆるい」と「かわいい」の合成語ですが、どちらも時代により意味が変化してきた多義語です。例えば「ゆるい」には、物理的に余裕がある意のほか、ネガティブな心情を伴う「厳しさがない。いいかげんである。てぬるい。」という意味と、逆にポジティブな「寛大である。おおらかである。」という語義が存在します(『日本国語大辞典』)。また四方田犬彦(よもたいぬひこ)氏の論考によれば、「かわいい」の語源である「かはゆし」は元々「痛ましくて見るに忍びない。」というネガティブな意味でしたが(『今昔物語集』)、中世末期には子供に対し「愛らしい」というポジティブな意味の用例が確認され(『狂言記』)、江戸期にはそれが優位になって「かはいがる」「かはゆらし」などの派生語を増やし(『好色一代女』『浮世風呂』)、近代には老齢の父親にまで「かはいい」の適用範囲を広げます(二葉亭四迷(ふたばていしめい)『平凡』)。しかし「不憫(ふびん)である」という元のニュアンスも依然健在だった(太宰治『女生徒』)というからその語義は複雑です。辞書的な理解だけでは、「ゆるくてかわいい」を定義できそうにありません。
そこで「ゆるカワ」の語が使用される場面から意味を抽出してみましょう。意外にも、二つのタイプの「ゆるカワ」が見えてきました。
1.みんなのゆるカワ
身の回りを見渡せば、「ゆるカワ」の語は女性のファッションやキャラクターイラストのほか、文字や写真、さらには旅や暮らし方といったライフスタイルにまで広く使用されています。いずれの場合も、皮肉ではなく純粋な憧れや好意を込めて「ゆるカワ」の語が使用されており、観衆側からは「かわいい」のほか「癒やされる」「和(なご)む」といった特徴的な賞賛の言葉がしばしば聞かれます。一般的な「ゆるカワ」は、次の通り定義できるでしょう。
ゆる= 物理的に隙があり、
カワ= 親しみやすくて好印象
物理的な隙とは、時間やサイズなどが緊密でないことを指します。あえて演出された隙であることが多く、その隙ゆえに「かわいい」と呼ばれます。美や崇高とは対照的なイメージです。
例えば2010年代の女性ファッションの一傾向として、オーバーサイズ・モコモコ素材・ゆったりした形状など、物理的に緊密でないスタイルが「ゆるカワ」と呼ばれます。一つ間違えば、着膨れしたりだらしない印象を与えますが、うまく取り入れると、着る人自身が華奢にみえたり、自宅で寛いでいるような無防備さ、すなわち可愛さが演出できます。また、このジャンルでは着心地が楽であることを重視する特徴があり、自分自身が頑張りすぎないことも大切にされています。頑張りすぎない人や物の方が、周囲は気疲れせずに済み、「癒やされ」「和む」のでしょう。ファッションに限らず、ゆるカワの「かわいい」は、物理的な隙から窺われる頑張りすぎない姿勢への賛意だと考えられます。
第一章ではこの定義を頼りに、いかにも愛らしく心を和ませてくれる日本美術を展示します。北斎漫画にも影響を与えたと言われる鍬形蕙斎(くわがたけいさい)作『鳥獣略画式』や、福岡の高名な儒学者の家系に生まれた亀井小栞(かめいしょうきん)筆「於多福(おたふく)図」は、物理的な隙すなわちおおらかな線や淡い色彩が魅力の鍵です。丸みが強調された形状は写実への意識が希薄ですが、だからこそ多くの人が可愛いと感じるのでしょう。また「勝絵巻(かちえまき)」は中世頃の絵巻の写しですが、登場人物の隙だらけの造形が画題の馬鹿らしさを際立たせています。作者は江戸幕府の庇護を受けた表絵師・狩野伯寿(かのうはくじゅ)。意外にも公的な地位のある人物です。中世以来多くの日本人が慰みにしたこのテーマ、どうぞ眉を顰(ひそ)めずお楽しみください。そのほか、「経読み図」は聖福寺(しょうふくじ)の名僧・仙厓義梵(せんがいぎぼん)の作と伝わる絵で、拙い線と造形で経典を「読にくい」と茶化します。大切なのは経の文字ではないという鋭い指摘も、力みのない絵が人の心を解きほぐすからこそ、素直に頷けるのでしょう。
いずれも構図の余白や造形の崩し具合が絶妙で、素人絵や下手といった評価を免れ視覚的に楽しむことができます。「ゆるカワ」が実はゆるくない技とセンスに支えられていることがお分かりいただけるでしょう。
2.あなただけのゆるカワ
もう一つの「ゆるカワ」は、先のタイプとは異なり一見可愛くないのですが、そこが逆に魅力的に見えてきす。
わかりやすい例が、みうらじゅん氏の命名した「ゆるキャラ」です。今でこそ可愛らしい癒し系キャラをも「ゆるキャラ」と呼びますが、命名当時、氏が想定したのは「よくできてなくて所在なさげに現場に立って」いる「ワケわかんないキャラ」で「子供も怖がって集まんない」けど「もう郷土愛てんこ盛りがトゥーマッチで笑え」るような存在でした。(『ゆるキャラ論』特別インタビュー)この「ゆる」はダサい・ズレている・奇妙なというネガティブな意味です。しかし面白おかしく取り上げられているうちに、人気が出たのです。それが「ゆるキャラブーム」と呼ばれる、2000年代後半から数年続いた社会現象です。
さて一見「可愛くない」奇妙なキャラクターが、なぜ口々に「かわいい!」ともてはやされたのでしょうか。「可愛い」の語義の一つに「あわれで、人の同情をさそうようなさまである」(『日本国語大辞典』)とあることから、人気のないズレたキャラクターに対する「痛ましくて見るに忍びない」という同情を「かわいい」と呼ぶことはできます。しかし当時の熱狂は、同情や憐憫よりももっと明るいエネルギーに満ちていたように思えます。そこでみうらじゅん氏の仕事に注目すると、「面白がる」という姿勢が、一見ネガティブな要素を笑いというポジティブな価値に転換する行為だったことに気付きます。つまりあの「かわいい!」は笑いへの同調であり「面白い」の意味に近かったのではないでしょうか。それも、まだ誰も気付いていない面白さに対する極めて個人的な好意や愛着の言葉だったのでは。ゆるキャラを取り巻く状況から、もう一つの「ゆるカワ」を次のように定義してみました。
ゆる= 全力でズレてて、
カワ= 笑える。好きだ。
第二章では、「ゆるい」も「かわいい」も意図していない絵を展示します。いわゆる「かわいい」からは外れており、万人受けはしないでしょう。でも、探せばあなただけの面白かわいいポイントが見つかるかもしれません。
例えば、玉隻(ぎょくせき)筆「達磨(だるま)像」は、鋭い眼光や深い皺で達磨大師らしい迫力を表現した絵ですが、やけに唇だけ可憐で見れば見るほど「かわいい」一幅です(※個人の感想です)。咄嗟(とっさ)に「くまモン」を連想する人や、絵とにらめっこを始めて吹き出す人がいても構いません。達磨が偉大な中国禅宗の開祖だと知るのは大切ですが、だから峻厳な絵だと受け取らなければならないわけではありません。二川相近(ふたがわすけちか)筆「宮本武蔵像」は、裃(かみしも)や二本の木刀から宮本武蔵を描いた絵であることが分かりますが、あの大剣豪とはにわかに信じ難いほど「ゆるい」人物が描かれています。情けない表情も面白くてかわいいですが、これが宮本武蔵であるという事実もまた「かわいい」と思いませんか? 仙厓和尚との合作が知られる人物なので「ゆるい絵」の影響を受けていると思われますが、衣文線や塗りに見られる慎重な運筆には、あまりゆるさを狙う意図が窺えません。案外真摯に、賛の通り、強さを極めた「長閑(のどか)」の境地を表現しようと苦心した絵なのかもしれません。いずれも、観る人ごとに色々な魅力を発見する余地のある作品です。
おわりに

みうらじゅん氏はゆるキャラを通じて「いい」「悪い」以外の「そうじゃない世界」を示したかったといいます。日本美術にも、「いい絵」「悪い絵」以外に「個人的に偏愛される絵」があってよいはずです。背景知識によって絵を「理解する」だけでなく、絵を「面白がる」ことで、新たな日本美術の魅力が発見できれば幸いです。視覚的に楽しい一章、個人的に楽しめる二章、を目指して構成しましたが、展示担当者の意図が全てではありません。どうぞご自由にご観覧ください。
(佐々木あきつ)
展示資料リスト
1 鳥獣略画式 鍬形蕙斎画 木版色摺 寛政九 三冊
2 人物略画式 鍬形蕙斎画 木版色摺 明治復刻版 一冊
3 葵氏艶譜 斎藤秋圃画 木版着色 享和・文化 三冊
4 風俗図巻 耳鳥斎筆 紙本着色 江戸中期 一巻
5 大津絵 作者不詳 木版色摺 江戸後期 五点
6 猿図 狩野主信筆 紙本墨画 江戸中期 一幅
7 於多福図 亀井少栞筆 絹本着色 嘉永七年 一通
8 蓮根に蜂図 石丸春牛筆 紙本着色 江戸後期 一幅
9 経読み図 伝仙厓義梵 大悲王院寄託資料 紙本墨画 江戸後期 一幅
10 勝絵巻 狩野伯寿筆 紙本着色 寛政一二年 一巻
11 狂戯芸づくし三・四 歌川広重 大判錦絵 江戸後期 二枚
12 達磨図 玉隻筆 無適大風賛 紙本墨画淡彩 近代 一幅
13 若槻家伝馬書 作者不詳 紙本墨画 慶長七年 十点
14 宮本武蔵像 二川相近画賛 紙本墨画 江戸後期 一幅
15 絵葉書「宮本武蔵遺蹟」宮本武蔵遺物 自筆絵像 白黒印刷 昭和時代 一点
主要参考文献
『日本国語大辞典 第二版』(小学館・2002)
四方田犬彦著『かわいい論』(筑摩書房・2006)
犬山秋彦・杉本政光著『ゆるキャラ論 ゆるくない 「ゆるキャラ」の実態」(ボイジャー・2012)
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