企画展示
企画展示室1
黒田家の名宝4
2026年8月18日(火)~2027年4月25日(日)
出品史料一覧
⦿国宝 ◎重要文化財 〇重要美術品 □県指定文化財※【通年展示】大身鎗 名物 日本号
- 黒田家の名宝4 第Ⅰ期
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8月18日(火)~10月18日(日)
- 黒田家の名宝4 第Ⅱ期
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10月20日(水)~12月27日(日)
- 黒田家の名宝4 第Ⅲ期
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1月5日(火)~2月28日(日)
- 黒田家の名宝4 第Ⅳ期
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3月2日(火)~4月25日(日)
企画展示解説
福岡市博物館の重要なコレクションの一つに、旧福岡藩主黒田家に伝来した黒田家資料があります。藩祖孝高(官兵衛・如水)・初代藩主長政に始まり、十二代長知にいたる、歴代藩主ゆかりの重宝です。当館の代名詞ともいえる国宝「金印」や、名鎗「日本号」も黒田家から寄贈を受けたものです。
現在、福岡市博物館では、①国宝「金印」一顆、②刀剣類七十三件、③歴代藩主所用甲冑三十九件、④絵画五十八件、⑤書跡二十四件、⑥絵図五十八件、⑦武芸書二十件、⑧その他八十三件、⑨古文書三千件余を収蔵しています。
本展では、黒田家資料のなかから、肖像、甲冑、刀剣、古文書の四つのジャンルに関する歴代藩主ゆかりの名宝を四期に分けて順次紹介していきます。
◆歴代藩主の肖像
藩祖孝高の肖像には、あぐらをかいた姿(図1)と、片膝を立て脇息にもたれくつろいだ姿(図2)の二つのタイプがあります。後者は歌聖・柿本人麻呂の肖像にならい孝高の歌人としての姿を表現したものです。初代長政の一の谷形兜をかぶった騎乗武装の姿(図3)は、関ヶ原合戦での出で立ちを描いたものとみられます。いずれも二人の個性をよく表しています。三代光之(図4)から十代斉清の肖像は、いずれも束帯を着し威儀を正した姿で描かれています。明治時代に没した十一代長溥・十二代長知は、肖像画ではなく写真(史料58・60)となります。
◆歴代藩主の甲冑
歴代当主十三名全員の甲冑十六領(他に兜のみ四頭)が揃って伝来しています。歴代の甲冑を通覧すると、初代長政の一の谷形兜(図8)と大水牛脇立兜(図5・6)にならった甲冑が多いことに気付きます。黒田家は関ヶ原合戦等での長政の活躍によって筑前の太守となったため、長政の甲冑が黒田家にとっての吉祥の甲冑として尊ばれたためです。六代継高の一の谷の甲冑(図9)は、長政と同様に銀箔が押され、もっとも忠実に模倣されています。
約六百年間の実戦期を経て、安土桃山時代に進化した新しいスタイルの甲冑として当世具足が登場しますが、合戦がなくなると甲冑の構造変化の方向性が変わります。実戦期においては戦闘法の変化にともない機能性の向上が目指されましたが、江戸時代では着用者の威厳を誇示する威儀化と、見栄えをよくするための加飾化の方向に向かいます。三代光之の甲冑(図10)は、中世甲冑の主流で制作に手間を要する毛引威が採用され、籠手を取り付けた中袖の上にさらに大袖が重ねられ、実戦期の甲冑と比べ非常に重く、重厚な造りとなっています。七代治之、八代治高の甲冑(史料26・28)は鮮やかな威毛や小具足で飾り立てられ華やかです。
◆黒田家伝来の刀剣
現在、当館が所蔵する黒田家の刀剣は二十五口ですが、文久二年(一八六二)改めの刀剣台帳「御蔵御櫃現御品入組帳」(史料37)には十倍を超える二百九十口の刀剣が書き上げられています。
江戸時代中期に編纂された『享保名物帳』には追記も含め二百九十余口の名刀が列挙されますが、六代継高所持として十口が取り上げられています。現蔵の圧切長谷部(図12)、日光一文字(図11)、城井兼光(図13)、権藤鎮教(史料48)、一国長吉、碇切(史料63)の他、黒田家の手を離れた岡本正宗、稲葉志津、鄙田青江、岩切海部(史料16、寄託)が取り上げられています。徳川家を除けば、前田家の二十六口に次ぐ数となり、黒田家の刀剣の質の高さがうかがえます。
◆黒田家の古文書
黒田家の古文書の中核をなすのは「御感書」十二巻百八十通(このうち一巻四点は長政の奥書)です(図15、史料2・17)。孝高・長政が足利義昭・織田信長・豊臣秀吉・豊臣秀次・徳川家康等から受給した百二十九通を、長政が没する二年前の元和七年(一六二一)に四巻の巻物にまとめ、これをベースに三代光之が江戸幕府から貞享書上の提出を命じられたことを契機に天和四年(貞享元・一六八四)に増補、再編成したものです。安土桃山時代から江戸幕府の成立期にいたる天下人関係の典型的な文書が収められ、学術的に高い価値をもっています。
孝高・長政が死に臨で遺した遺言状(図17、史料3)は、それぞれ二重の塗箱に収められ、黒田家では御家の中興の遺訓として大切に守り伝えられました。

図4 黒田光之像(史料9)

図3 黒田長政像(展示は写本)

図2 黒田如水像(史料53)

図7 黒漆塗南蛮鉢歯朶前立兜
(初代長政所用)(史料40)

図6 黒漆塗桃形水牛脇立兜
(初代長政所用)(史料41)

図5 黒漆塗桃形水牛脇立兜
(初代長政所用)(史料42)
図10 水牛脇立鉄錆地六十二間星兜・黒糸毛引威丸胴具足(3代光之所用)(史料10)
図9 銀箔押一の谷形兜・紺糸威胴丸具足(6代継高所用)(史料24)
図8 銀箔押一の谷形兜・黒糸威胴丸具足(初代長政所用)(史料6)

図11 太刀 名物 日光一文字(史料45)

図12 刀 名物 圧切長谷部(史料47)

図13 刀 名物 城井兼光(史料31)

図14 刀 名物 安宅切(史料13)

図16 黒田家家臣連署起請文(史料19)

図15 織田信長朱印状(史料18)

図17 黒田如水自筆覚書(史料49)
通期展示の史料
■ 大身鎗 名物「日本号」
柄を含めた総長が321.5㎝、刃の長さ79.2㎝ 室町時代(14~16世紀)
黒田家の家臣「黒田二十四騎」のひとり 母里太兵衛が、祝宴で大盃を飲み干せば、この鎗を与えるという約束を守らせて、武将・福島正則から手に入れたもの。別名「呑み取りの鎗」といわれる。

図17 黒田如水自筆覚書(史料49)
