• ホーム
  • No.540 筒描 -庶民生活の華-

企画展示

企画展示室4
筒描(つつがき) -庶民生活の華-

令和元年8月6日(火)~11月17日(日)

松竹梅嫁御風呂敷
松竹梅嫁御風呂敷

「筒描」とは、筒先から絞り出す糊で輪郭を防染(ぼうせん)して模様を描く技法のこと。

 誂(あつら)えられた筒描はどれも個性的で素朴な美しさがあります。それこそ庶民生活の華といえるでしょう。

 見つめていると一つひとつが物語を秘めているように感じます。筒描から聞こえる声を拾って、ひとつの物語(フィクション)に仕立ててみたいと思います。

身一つ(みひとつ)

 ゆっくりと道を行くひとがいる。梅の花や鴛鴦(おしどり)などの彩り(いろどり)が、歩みに合わせて揺れている。心なしかうつむき加減な彼女の胸中では「身一つで来なさい」という言葉が木霊(こだま)していた。小さな包みを手に、大きな包みを背にしている。彼女の身とそれらとが、一つになっている。「嫁御風呂敷(よめごぶろしき)」と言い慣わされるそれは、進む先の新しい生活の始まりを知らしめる。手にした包みには挨拶まわりの品々が入っている。茶行李(ちゃごうり)に掛ける小さな袱紗(ふくさ)は、母に手を取ってもらい初めて縫ったもの。背に温かみを感じるのは、どこへ行っても恥ずかしくないようにと父母が持たせてくれた着物を背負っているからだった。「身一つ」とは親の愛に包まれた安心感、彼女はそう思う。

丸に一の字 梅に鴛鴦風呂敷
丸に一の字 梅に鴛鴦風呂敷

 親の思いとは裏腹に、嫁ぐひとの心にはある青年の影がさしていた。それをかき消けそうと、かぶりを振るほどに、歩みも遅くなる。そのひとに映ずる鴛鴦は一生添い遂げるというのだが…。それは家同士が決めた縁談だった。

紺屋(こうや)の青年

 藍色(あいいろ)に染まった手が動く。爪の奥までその青はしみ込んでいる。彼が手にしているのは漏斗状(ろうとじょう)の布が付いた器。先に筒が付いている。中に糯米(もちごめ)を煮込んで作った糊が入っている。綿布に青花(あおばな)で下書きした線に沿って糊を絞り出して引いていく。糊を置いたところは染まらない。そのままなのだ。糊を洗い落とすと現れる空白を、「白揚げ(しろあげ)」という。それは新たな色を欲する。 

 紺屋の青年には幼馴染(おさななじみ)の娘がいた。近くの川で布の糊を洗い落とす風景を二人で見ながら、よく遊んだものだった。青年はやがて福岡の染物屋に弟子入りした。そして、それを追うように娘も博多の呉服屋に奉公に出た。福岡と博多とは川を挟んですぐ隣同士の町場。お互いにそばいることは知っていた。それでも会うことはなかった。

 盆正月に暇をもらい里帰りしたときには見かけることもあった。だが、もう二人とも子供ではなかった。気軽に声をかけることを恥じらう、そんな年ごろになっていた。

 互いに意識し始めて、数年が過ぎた。

嫁御風呂敷

 青年の店に注文が入った。風呂敷を染める仕事だった。三幅(みはば)と二幅(ふたはば)、大小の綿布にお祝いの柄を筒描で染めていく。誰かは知らないが、祝言(しゅうげん)があるようだ。

二重輪に違い丁子 隠れ笠宝尽し風呂敷
二重輪に違い丁子 隠れ笠宝尽し風呂敷

 松竹梅、宝尽し(たからづくし)、鶴亀、梅に鴛鴦、唐獅子牡丹(からじしぼたん)など目出度い模様から選んで筒描で描いていく。注文は梅に鴛鴦だった。傍らに入れる家紋にも糊を置いていく。それまで淡々と作業を進めていた手が、そこで止まった。「これは…」見覚えがある。子供のころの記憶がよみがえってきた。これは幼馴染の家の紋ではないか、確かに似ている「まさか…」。

 奉公先に見初められた幼馴染の縁談だと聞いた。大店(おおだな)の若旦那のもとへ嫁ぐことになったのだ。嫁方からするといい話だったのだろう。見合いで結ばれていくことが当たり前で、恋愛と結婚は別とされた。明治とは、そういう時代だった。結婚は家と家との契約でもあった。

 藍に染まった青年の手もとに、小さな水玉が転ころがっている。模様の輪郭だけではなく藍の濃淡をつけたいところにも、糊を刷毛(はけ)で薄く塗るからだ。筒描は無情だ。涙さえも受け入れない。

白揚げの名前

 筒描を辛い思いで染めることは、まずない。いつも幸せを祈るものだからだ。悲しい模様などもない。青年は風呂敷の布地に桐灰(きりばい)で幼馴染の名前を書き、その上に糊を置いた。そして名前の傍(かたわら)に寄り添うように何かを書いたが、それには糊置きしなかった。そして藍甕(あいがめ)にゆっくりと漬けた。糊を洗い流すと、現れたのは幼馴染の名前の白揚げだけ。傍らに書いた文字は藍の青に永遠(とわ)に埋もれてしまった。それでいいと青年は思った。幼いころに遊んだ川の水が二人の記憶を流し去っていく。

 風呂敷が仕上がった。梅に鴛鴦の模様は、仲睦むつまじい夫婦の象徴とされるものだった。村でよく見た人形芝居(にんぎょうしばい)で「一の番(つがい)離れぬ二人連れ」という台詞(せりふ)でもよく知っていた。鴛鴦は一生添い遂げるとされる。だが、青年が川で見ていた鴛鴦の番は、毎年異なる組み合わせであった。青年は、風呂敷の雄鳥の目の下に、そっと小さな点を入れた。

友禅染(ゆうぜんぞめ)

 姑(しゅうとめ)は新婚夫婦のために、取引先の京都から宝尽しの模様が入った夜着(よぎ)を取り寄せてくれた。鳳凰(ほうおう)の周りにびっしりと宝物の数々が友禅染で描かれている。穴の大きさや形の違う筒を取り換えながら丁寧に糊置きされ、幾度も色をさしているのがわかる。筒描と同じ糊置き染の技なのだが、筒描と比べると友禅染は緻密(ちみつ)で垢抜け(あかぬけ)ている。

丸に頭合わせ三つ橘 鳳凰宝尽し夜着
丸に頭合わせ三つ橘 鳳凰宝尽し夜着

 いっしょに仕立てた掛け袱紗は、絹に友禅染で海老(えび)の注連飾り(しめかざり)が描かれていた。嫁とついだひとは、都(みやこ)の香りを肌で感じていた。

五月幟

 子供が生まれた。普段は厳しかった舅(しゅうと)が破顔一笑(はがんいっしょう)。待望の男児であり、端午(たんご)の節供(せっく)は盛大に祝う運びとなった。店の外に立てる大型の節供幟(せっくのぼり)は、杷木(はき)の染物屋に頼むことになった。そこで染める幟は、武者が大柄で大胆に描かれる独特の風格で博多でも評判だった。これも筒描である。

 修業を終えた青年が、その染物屋にいた。彼は幼馴染のそばから遠くに離れることで、傷ついた心を癒そうとしていた。そこへ飛び込んできた仕事は、運命のいたずらか、心に思い続けてきたひとの子のために、節供幟を染めることであった。

 筒描で輪郭に糊置きするところは風呂敷と同じ。違うのは幟は両面から見えるので、どちらも鮮やかに染める。そのために裏がわに色映り(いろうつり)しないように薄く刷毛で糊を塗っていく。手間は二倍になる。それでも青年は丹精込めて染めた。

丸に三つ扇 楠正成五月幟
丸に三つ扇 楠正成五月幟

 呉服屋の外には大幟と鯉のぼりがはためいている。目を細めて子供をあやしながら、にこやかにそれを見上げる彼女には、幟を染めたのが幼馴染の彼だとは、知る由(よし)もなかった。

 軒先には楠木正成(くすのきまさしげ)の五月幟、床の間には菖蒲打ち(しょうぶうち)をする男児を描いた「座敷幟(ざしきのぼり)」が節供祝いとともに飾られている。どちらも京都の取引先から届いたお祝いで、友禅染で描いたものだった。幟の上には「まねき」と呼ばれる小旗がついている。彼女には、それが博多祇園山笠の頂上に付ける「二引き(にびき)」の旗と同じように見えた。

泣き黒子

 幼馴染は「ごりょんさん」として立派に店を切り盛りするまでになった。子供たちにもめぐまれ、家と命をつなぐという使命を立派に果たした。気が付くと髪に白いものが混じる齢(よわい)になっていた。

 ひとり娘が嫁ぐことになった。その支度のために自分の嫁御風呂敷の包みを久しぶりに解いた。里から持参した着物を眺ながめていて「はっ」とした。今までなんで気づかなかったのかと。同時に切なさ(せつなさ)がこみ上げてきた。風呂敷の鴛鴦の一羽の目元に小さな点が現れていたのだ。彼女には、それが雄鳥の涙に見えた。黒点は幼馴染の青年の顔にあった泣き黒子と同じところにあった。彼が染めたものに違いないと彼女は確信した。年月(としつき)を経ると染料が擦すれて点が見えてくるように彼が筒描を細工していたのだ。すべてを悟った彼女は、一人咽むせび泣いた。

前掛けのひと

 時は流れた。彼女が亡くなったと聞いた。やがて自分もそこへ行くと思える、青年もそんな年になっていた。若き日の記憶とともに生きているうちに、気が付けば、所帯(しょたい)を持つことなく、ただ藍のために生きることを選んでいた。来世でも今生(こんじょう)と同じように、また彼女に出会いたいものだと思う。

 時代は昭和と変わった。彼は「酒屋前掛(さかやまえかけ)」を作っている。得意先に酒屋が配る宣伝用の前掛である。商標(しょうひょう)や商品名などを糊止め白揚げして染めたものだ。帆布(はんぷ)のように厚い布を何度も染料に入れて染めるので、「どぶ漬け」と呼ばれることもある。前掛けには激しい作業でも破れず、色を失わない強靭(きょうじん)さが要求される。

「二階堂」美人図 酒屋前掛
「二階堂」美人図 酒屋前掛

 紺地(こんじ)に商標の表を裏返すと、そこに嫋やか(たおやか)な女性のシルエットが現れてきた。糊を洗い流した白い影に、彼は筆で色をさしていく。顔を描いた。その容貌は思い続けてきた幼馴染にどこか似ている。最後に目を点ずると、ゆっくりと筆を置いた。そして遠い目をした。その刹那(せつな)、一筋の涙が、すっと頬を伝って前掛けの上にぽたりと落ちた。

 彼は、あの日のことを思い出していた。彼女の名前に寄り添うように入れた自分の名前が、藍にゆっくりと吸い込まれ、溺おぼれていく様を…。 (福間 裕爾)

《出品リスト/資料名・資料群名》

1 剣香い桔梗 梅に鴛鴦風呂敷 館蔵資料
2 丸に一の字 梅に鴛鴦風呂敷 三角藤夫資料
3 二重輪に蔦 波に鶴風呂敷 笠順子資料
4 中輪に二つ結び雁金 三階松に夫婦鶴風呂敷 社家町渡辺家資料
5 丸に蔦 左三階松に夫婦鶴風呂敷 前田家平資料
6 丸に三つ雪持ち笹 波に鶴風呂敷 溝上理江子資料
7 丸に上田桐 蓬莱山風呂敷 館蔵資料
8 丸に頭合わせ三つ橘 桐に鳳凰風呂敷 中西毅藏資料
9 丸に頭合わせ三つ橘 唐獅子牡丹風呂敷 溝上理江子資料
10 雪輪に抱き茗荷 松竹梅「志奈」風呂敷 館蔵資料
11 丸に桜 松竹梅風呂敷 三浦悦子資料
12 丸に沢瀉巴 松竹梅風呂敷 館蔵資料
13 丸に頭合わせ三つ雁金 松竹梅風呂敷 小串しずの資料
14 丸に違い鷹羽 三階松風呂敷 溝上理江子資料
15 中輪に二つ結び雁金 松竹梅花の丸風呂敷 社家町渡辺家資料
16 中輪に二つ結び雁金 桜菊花舞扇風呂敷 社家町渡辺家資料
17 丸に三階松 蓬莱山夜着表 鶴久二郎旧蔵資料
18 丸に小槌隠れ蓑笠 波に魚龍夜着 南区民俗文化財保存会資料
19 丸に頭合わせ三つ橘 鳳凰宝尽し夜着 溝上理江子資料
20 丸に頭合わせ三つ橘 海老注連飾り袱紗 中西毅藏資料
21 丸に頭合わせ三つ橘 貝桶風呂敷 溝上理江子資料
22 丸に三つ扇 楠木正成五月幟 旧吉川観方コレクション
23 綱釜敷桔梗剣片喰 菖蒲打ち座敷幟 旧吉川観方コレクション
24 菖蒲まねき 旧吉川観方コレクション
25 丸に三つ割り五七桐 隠れ蓑笠宝尽し風呂敷 安武松恵資料
26 丸に三つ銀杏 隠れ蓑笠宝尽し風呂機 中西毅藏資料
27 二重輪に違い丁子 隠れ笠宝尽し風呂敷 田北文子資料
28 三つ銀杏 梅に鴛鴦風呂敷 中西毅藏資料
29 「二階堂」 美人図 酒屋前掛 間 裕氏所蔵

【参考文献】福岡市美術館編 展覧会図録『藍染の美 ―筒描』平成二十三年

福岡市博物館
〒814-0001 福岡市早良区百道浜3丁目1-1
TEL:092-845-5011 FAX:092-845-5019

PAGETOP