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平成 2(1990)年度収集 収蔵品目録  8

【寄贈】

目録 資料群名 解題 件数 点数
1 アジア太平洋博覧会福岡'89資料  アジア太平洋博覧会(愛称よかトピア)は、1989年3月17日から9月3日まで171日間、“新しい世界のであいを求めて”をテーマに開催された。79ヶ国・地域からの来場者を含む823万人の入場者があった。同博覧会の成功を記念して収集した資料である。 1,812 3,951
2 古賀武男資料  朝倉古賀家は、江戸時代には上座郡石成村の庄屋を、明治以降は同村の副戸長を務めていた。そのため、資料内容として、財政・租税・普請関係など村行政に関するものが大部分を占めている。朝倉郡内の有力者層の経営や村政への関与などの実態を江戸期から明治期にわたってうかがい得る好資料である。 532 586
3 戸次源造資料  戸次家は、明治期から戦前まで箱崎縞の生産、販売を行い活況を呈していた。戦後は、化繊の波におされ縞の生産を中止し、呉服類の販売に重点を移し現在にいたる。この資料には、箱崎縞に関する資料はほとんどなく、戦後の戸次呉服店の経営を示す資料が大半を占めている。 295 331
4 吉富三重子資料  資料の大半は戦前のもので、書簡・写真・スクラップ・図書等多岐にわたっている。特に氏が助産婦を長年勤め、その関係資料が多く含まれており、貴重である。 294 997
5 坂田大資料  寄贈者は「福岡市の周辺町村合併誌」などを出版しており、その関係の多くの図書類の他、貨幣、記念章類、債券・切符類などが含まれた貴重な資料である。 179 205
6 橋本友美資料(吉留家文書)  幕末の福岡藩士吉留家に伝わった古文書と書籍類で、橋本氏を経て寄贈されたもの。内容は役中勤方関係の古文書等や、筑前関係の歴史書、地誌、文芸、随筆等の刊本・写本、幕末の洋学関係の教本類、明治期の和漢籍など多岐にわたっている。近世~近代の筑前の学問、文化の受容のあり方を知る上で貴重な資料である。 135 188
7 喜多島眞資料  江戸時代、福岡藩の側筒方を勤めた喜多島家に伝わった古文書類である。喜多島家の側筒方としての公務に関わるもの、戊辰戦争に関する資料が残されていて、福岡藩士の生活を知る上で貴重なものである。また、明治時代以降の資料では、租税関係を中心とした喜多島家の家系に関わる資料が中心となっている。 115 122
8 田隅タネ資料(宝珠山・原家文書)  田隅家に伝えられた中世・近世文書で、中世は国人領主宝珠山氏、近世は筑前黒田藩の家臣原氏を名乗って活動した武家の家文書である。資料総数は88点で、そのうち南北朝期から近世初期にかけての33点が特に3巻の巻子に仕立てられている。中世後期における北部九州の政治動向や黒田家家臣団の形成過程、更には初期福岡藩政を究明してゆく上で、きわめて重要な資料である。 88 88
9 西島魯資料  西島家で保管されていた文書資料群。明治20年代後半の西新高等小学校(現在の福岡市立西新小学校の前身)の運営に関する、早良郡役所の文書類である。 86 94
10 野間吉夫収集資料(追加分)  昭和60年度収集資料の追加分。故野間吉夫氏が集めた研究書類である。一般書と共に、今では入手困難な同人誌も含まれており、その内容は貴重な民俗事例を掲載していることが多い。 65 556
11 藤村元昭資料(追加分)  昭和63年度収集分の追加である。藤村元昭氏の父によって経営されていた、藤村計器工業所の商品である計量具を中心としたもの。 63 229
12 日本たばこ産業株式会社資料  展示用のたばこのパッケージである。専売公社時代に福岡支店で展示されていた。明治時代から太平洋戦争後までの同社の製品のパッケージがほぼ網羅的にそろい、たばこと、その背景となる時代相の変化を窺うことができる。 57 58
13 古川文蔵資料  古川文蔵氏(明治29年~昭和63年)は長崎県南松浦郡生まれ。昭和44年に来福。当資料は文蔵氏が自家用の用具として使用してきた大工道具類が中心である。他に戦時下の資料もある。 51 77
14 原史郎資料  原氏が戦前、博多奈良屋町で学生服の仕立てを営んでいた頃の生活関係、商業関係用具と、戦災で家を失われてから粕屋町に転居して農業に従事した頃の農耕関係の用具とから成る。前者は戦前の博多の町屋での生活の様子を知るための好資料であり、後者は、鍬や犂などの種類が豊富で福岡近郊農村の典型的な姿を物語る資料群である。 50 50
15 溝部信介資料  福岡藩士溝部家に伝わったもので、(1)武具・甲冑類、(2)古文書類からなる。(1)には八幡神を現す八の字の脇立を持つ六四間星兜と茶糸威胴丸具足がある。また(2)では幕末維新期の家禄関係の文書のほか、剣術の免状、相伝書がまとまっており、このうち文化年間の新陰流のものは絵目録が残っており貴重である。 42 48
16 江里口章一資料  戦前下名島町(現在の舞鶴2丁目)で開業していた天山写真館の資料である。戦前の福博の写真が含まれており、福博の風景および風俗が窺える。 39 39
17 原田嘉平資料(追加分)  昭和63年度収集分の追加である。原田嘉平氏は白水六三郎に師事し、博多人形の興隆に尽くした人形師である。昭和41年(1966)には福岡県無形文化財保持者となり、昭和57年(1982)に死去した。当資料は、博多祇園山笠で嘉平氏が使用した手拭が中心である。 37 40
18 郡田久弥資料  マッチパッケージ類は、昭和30年代の福岡市内のものが大半を占めている。現在はない共進ホテル、鯨料理マルハ会館などがみえる。また雑誌類には、太平洋戦争に関するグラフがある。 36 56
19 佐久間資料  本資料は寄贈者の葛原親氏の実家の佐久間家伝来の資料である。佐久間家は熊本細川藩の弓道指南役であったという。なかでも消耗品である鏃と征矢のセットが今日まで完全なかたちで残っている例は少なく貴重である。 35 160
20 重藤博美資料  重藤氏は永年田川市、前原町などで教員を勤められ、その折に収集した資料が中心である。資料は様々な種類に及んでいるが、特異な弥生前期小壺、弥生中期壺の完形品、墓の副葬品と思われる花鳥文鏡と土師器皿の組み合わせなど重要な資料を含んでいる。 38 60
21 吉崎又一郎資料(追加分)  昭和59年度に引続き、本年度寄贈をうけたもの。写真家・故吉崎又一郎氏の活曜を知る上で貴重である。 22 26
22 山内幸太郎資料  本資料は寄贈者のご尊父故山内幸太郎氏のコレクションである。山内幸太郎氏は福岡出身で、生前は日本美術刀剣保存協会の会員であった。白鞘に研師本阿弥日洲氏が墨書しているように収集にあたっては日洲氏が相談にのったと思われる。7口のうち古刀が4口もあり、なかでも刀「伝備前吉包」および筑前古刀の短刀「左安吉」は名品である。 14 33
23 三浦水津哥資料  三浦氏は博多張子の伝統的な技法を今に伝える数少ない職人の1人である。本資料は同氏製作の十日戎神社の縁起物である姫だるまと、かつて博多どんたくに用いられた「通りもん」の導化面である。特に後者は古い型を用いて復元して頂いたもので、失われた博多の民俗を知る上で貴重な資料である。 9 10
24 片山正敏資料  同氏は昭和26年から平成元年まで、福岡市中央区白金に居住していた。本資料は、当時の生活用具類と表千家関係の茶道具などがある。 8 8
25 中村正人資料  福岡藩士中村家に伝わったもので、幕末の鉄砲関係の古文書や近代の家関係文書、幕末期から明治にかけての彫刻類などがある。幕末期の当主は和歌に長じ、また石彫りを趣味としていた。 8 8
26 日本毛織株式会社資料  昭和初期の毛織物を復元したものである。同社は毛織物の設計書(どのような織り目で織物を作るかを表示したもの)を保存しており、それに基づいて、当時の代表的な織物を復元した。 7 16
27 金堂好美資料(追加分)  金堂氏が拾得し、保管していた戦時中の弾丸類。金堂氏は昭和63年度に飯盒などを寄贈している。 6 7
28 鶴美智子資料  近世に福岡藩主であった黒田家の14代当主黒田長禮、福岡出身の政治家緒方竹虎に関する資料。 6 6
29 藤井靖司資料  藤井家は昭和20年代初めまで福岡市で表具屋を営んでおり、紙類に詳しいことから昭和22年の福岡県生活用品価格調定委員会協力委員に選ばれている。また古文書類は表具の裏打ち用の紙を集める際に取捨、保存していたもの。 6 6
30 三菱鉛筆株式会社資料  明治期および昭和初期の鉛筆を複製したものである。同社の創立100周年にあたり、明治期に逓信省に納入していた鉛筆、昭和期の製図用鉛筆・色鉛筆をモデルに複製したものを、本館展示用に寄贈した。 5 14
31 安藤良介資料  画報「近代百年史」は、わが国の近代文化の一面をビジュアルに示してくれる資料である。 4 15
32 富士写真フィルム株式会社資料  昭和初期の写真フィルムの箱を複製したものである。当社はフィルム製品の紙箱を保存しており、本館展示用に複製した。 4 12
33 白水智子資料  同氏が昭和2、3年頃に使用した宮参り用の着物と婚礼の際に用いた袱紗、茶行李などの贈答用具である。特に、婚礼関係の贈答用具の寄贈例は少なく、貴重な民俗資料である。 4 4
34 福助株式会社資料  近世末期から昭和初期の足袋を複製したものである。そのうち近世のひも付足袋は現資料を同寸で複製し、その他は現資料を原型とし、当時使用されていた鞐(こはぜ)に刻まれている文数に合わせて複製した。 4 4
35 美津濃株式会社資料  昭和初期のグラブ、ミット、ボールを複製したものである。当社が保存していた当時の製品および型紙をモデルに複製し、本館展示用に寄贈した。 3 6
36 畑中正美資料  本資料のなかで、「支那事変」(日中戦争)を記念して開催された博覧会用リーフレットは興味深い。 3 3
37 藤本健八資料  太平洋戦争末期に収集された資料で、昭和20年6月19日夜の福岡大空襲の焼痕のある旧福岡藩主別邸友泉邸の瓦や、戦時中の防空食糧の保存用とされる陶製容器など、貴重なものである。 3 3
38 東芝ライテック株式会社資料  明治期の電球(複製)と昭和初期のマツダランプ。明治期のエジソン電球はエジソン協会が、炭素電球は同社が各々複製した。マツダランプと合わせ、本館展示用に寄贈した。 3 3
39 株式会社レナウン資料  昭和初期のラクダシャツを復元したもの。下着としてのシャツとズボン下は明治時代に洋服とともに導入され、大正時代に市民に普及した。本資料は近代の洋装化についての資料である。 2 4
40 有馬國光資料  第2次大戦後、連合国が開いた極東国際軍事裁判は、東京裁判とも呼ばれている。この裁判の一面を知る上で貴重である。 2 2
41 磯野泰二郎資料  この資料は、幕末期磯野氏の長崎遊学の成果を示すものとして貴重である。維新後、同家は青銅、鋳物、鉄鋳物メーカーとして発展し、磁野式深耕犂の製造所として有名になった。 2 2
42 合屋善克資料  合屋氏が所有していたフマキラーと、浮芯の箱。昭和初期のパッケージの意匠を知ることができる資料である。 2 2
43 波多野皖三資料  木の葉の圧痕のある弥生土器前期底部片と名島城の軒丸瓦である。名島城は小早川隆景によって1588年から作られた大規模な城であるが、発掘は1回のみで、伝世資料、発掘資料ともに少なく、名島城を考える上で重要な資料である。 2 2
44 帝人株式会社資料  レーヨン糸のサンプルである。当時「人造絹糸」と呼ばれていたレーヨンは、大正4(1915)年に国産のものが製造され、普及した。本資料は昭和初期の繊維や服装に関する資料である。 2 2
45 横浜ゴム株式会社資料  戦闘機用のタイヤである。本資料は太平洋戦争期に日本海軍の零式艦上戦闘機(零戦)、および陸軍の戦闘機飛燕に装着されていた。撃墜されたものを、戦後同社が拾得し、保管していた。 2 2
46 田中龍一資料  東亜博は、昭和2年3月5日から5月23日まで大濠埋立地を会場に、福岡市主催で開催された。そのとき発行された絵葉書である。 1 18
47 川西俊雄資料  「増続益會玉篇大全」は元禄4(1691)年に初版が出された漢和辞典で、編者の毛利貞斎は貞享~元禄期に上方で活躍した儒学者。その後も幕末まで版をかさね、広く利用された。 1 12
48 秋吉邦子資料  アジア太平洋博覧会の三井東芝館のコンパニオンであった秋吉氏のコスチュームである。 1 7
49 東リ株式会社資料  室内床材であるリノリュームは昭和初期の市民生活の洋風化に伴って普及した。本資料は同社が昭和52年(1977〉年にリノリューム製造を中止した折の製品であるが、昭和初期の製品の状況をよく伝えている。 1 5
50 高橋清資料  日露戦争の折の日本海海戦の光景を描いたもの。もとは3点であったが、1点は失われている。 1 2
51 森永製菓株式会社資料  昭和初期のミルクキャラメルの箱を複製したものである。明治時代には人々に珍しがられた洋菓子も、大正・昭和初期には市民生活に定着した。本資料は当時の生活文化の一端を示す資料である。 1 2
52 内本麟資料  この資料は、元和3(1617)年、福岡藩初代藩主黒田長政が出したいわゆる3ヵ条の法令の写しであり、当時の家臣団統制だけでなく、その後の福岡藩家臣団のあり方を知る上で貴重なものである。 1 1
53 高木完資料  高木家が所得していた火繩銃で、口径18ミリ、全長106.5ミリと全体に太く短い型で引き金にも保護のない珍しいもの。家絞の象嵌が入れられている。 1 1
54 高田耕作資料(追加分)  この書は、明治28年に真宗本派本山韓語教師として来日していた李氏から高田耕作氏が贈られたもの。高田氏が76才のときのものである。 1 1
55 武谷靖子資料  朝鮮半島の三国時代の陶質土器有脚壺である。陶質土器は日本の須恵器の源流とも言うべき土器で、古墳時代の日朝交流にとっては重要な資料である。 1 1
56 峯和彦資料  峯氏が所有していた昭和5(1930)年の時刻表。下関から渡船と列車を乗り継いで、麗水・光州へ行けるというもの。 1 1
57 峰智恵子資料  峰氏が所有していた西新町合併記念ふくさ。大正11(1922)年4月1日に西新町が福岡市に合併した時のもの。 1 1
58 江崎グリコ株式会社資料  昭和初期のグリコのパッケージを複製したものである。大正・昭和初期に人々の生活に浸透した洋菓子の一例として、当時の時代相を示す資料である。 1 1
59 株式会社ブリヂストン資料  同社操業時(1931年)の乗用車用タイヤを複製したものである。現資料を型取りし、合成樹脂で製作した複製品を、本館展示用に寄贈した。 1 1
60 雪印乳業株式会社資料  北海道バターのカートンを複製したものである。明治期には珍しかった洋食も、大正・昭和初期には市民生活に浸透した。本資料は都市生活の一端を窺うことができる資料である。 1 1

【寄託】

目録 資料群名 解題 件数 点数
1 橋本友美資料  橋本友美氏に伝来した近世~近代の資料で、内容は近世が(1)足利氏関係古文書類写、(2)自作文芸作品類、(3)刊本類(歴史、文芸、実用書)、近代が(4)明治期の教科書類である。 34 47
2 中村ナミ資料  西区の姪浜駅南側にあった五島山古墳の出土遺物である。古墳の墳丘形態は不明であるが、主体部は箱式石棺と考えられている。出土遺物は斜縁神獣鏡2面を始め、早良平野では最も古い一群で、昭和60年に市指定文化財に指定された。 20 20
3 日本アルミニウム工業株式会社資料  昭和初期のアルミ製品である。現在身近なアルミ製品としては鍋をあげることができるが、明治後期から昭和初期にかけては、洋皿やコップ、コーヒーポットなどが製造された。本資料は当時の生活文化の一端を窺うことができる。 16 18
4 塩野義製薬株式会社資料  明治時代から昭和時代にかけての医薬製品である。製薬業は大正・昭和初期に急速に国産化がすすみ、注射用ガラスアンプルなども生産された。国内の諸博覧会にも多数出品されており、近代の化学工業の発展に関する資料である。 13 13
5 ライオン株式会社資料  明治時代から昭和時代にかけてのライオン歯磨である。昭和戦前期まで一般に用いられていた粉歯磨の意匠や、添付された解説文から、それぞれの時代相を知ることができる。 12 16
6 株式会社平助筆復古堂資料  明治期から昭和初期にかけて製造された筆である。博多の筆司河原田家が明治以降に製造した筆類は、多くの博覧会・共進会で入賞した。本資料は当時の博覧会の出品物の状況を窺い知ることができる資料である。 11 11
7 山崎千泰資料  江戸時代後期の福岡藩の国学者青柳種信(1766~1835)の末である山崎家に伝わったもので、江戸時代の儒学、漢学関係の刊本が中心。中には福岡藩中後期の儒学者亀井氏の蔵書印を持つものもあり、藩内での学者同士の交流も窺うことのできる資料である。 9 34
8 サントリー株式会社資料  赤玉ポートワイン、サントリーウイスキー等である。瓶の形やラベルの意匠に、昭和前期の世相を窺うことができる。 7 7
9 多木化学株式会社資料  肥料袋に印刷するための版型である。本資料は草花や蝶、リボンなどの意匠に、昭和初期の世相を知ることができる資料である。 5 5
10 東洋ガラス株式会社資料  ガラス製品である。大正期から昭和初期にかけてのもので、ランプシェード、ソース瓶、ペン皿などから、同時代の生活文化の一端を窺うことができる。 5 5
11 吉木久吉資料  この資料により、吉木久吉の建築設計に対する非凡な才能が窺える。吉木氏は、国会議事堂の意匠設計懸賞で2等を受賞している。 3 4
12 松田好喜資料  すべて博多湾からの引揚げ資料である。博多湾からは以前より多くの資料が引揚げられており、沈没船等の存在が考えられる。この資料は唐~宋時代の中国製品であり、古代~中世の日中貿易を跡づけるものである。 3 3
13 株式会社アサヒコーポレーション資料  大正期および昭和初期の地下足袋である。3点のうち1点は靴型(つま先が2つにわかれていない)をしており、地下足袋が形の上で足袋と靴を結ぶ線上にあったことがわかる。 3 3
14 筑紫丘高等学校資料  資料は銅戈熔范と石戈の2点である。このうち銅戈熔范は博多区那珂遺跡で採集されたもので、青銅器製作センターとしての福岡平野を裏付ける重要なものである。 2 2
15 月星化成株式会社資料  明治末期の足袋と、大正時代の地下足袋である。地下足袋が、足袋にゴム底をつけることで機能性を高めていったことがわかる。 2 2
16 株式会社ナイガイ資料  昭和初期の靴下である。明治初期の欧米化策のひとつとして導入された洋装が、市民層にも普及するにつれ、靴下も身につけられるようになった。本資料は昭和初期の服飾文化を窺うことができる資料である。 2 2
17 松尾義長資料  工事中に発見された中広形銅鉾10本の一括資料である。刃部を立てた状態で10本並べていたと考えられ、他の遺跡例からも埋納していたことが明らかである。奴国の青銅器文化を考える上で極めて重要な資料である。 1 10
18 権藤弥栄資料  完形の広形銅鉾である。広形銅鉾は鋳型の出土地から、奴国で独占的に製作されていたと考えられるが、福岡周辺での出土資料は少なく、奴国の青銅器文化を考える上で貴重な資料である。 1 1
19 財団法人紙の博物館資料  王子製紙株式会社の製品見本帳である。昭和14(1939)年の紙製品の種類や状況を知ることができる。 1 1
20 大日本除蟲菊株式会社資料  蚊取線香の缶である。ラベルには日本語の他に、英語・中国語・韓国語での解説文が記載されており、この製品が昭和初期の輸出用に製造されたことがわかる。 1 1
21 深川製磁株式会社資料  有田焼の花生である。扇割春秋紋様の他に、社名や富士山を形どった商標も描かれ、本資料が昭和初期の同社の宣伝用に製作されたことがわかる。 1 1
22 福助株式会社資料  福助人形である。大正時代の博多人形で商標や広告図像の例としてだけでなく、同時代の博多人形の作品としても貴重な資料である。 1 1
23 明治製菓株式会社資料  紅茶缶である。昭和14(1939)年の同社のPR誌に記載されている缶入り紅茶と同じ意匠なので、同時代のものと思われる。洋食の嗜好品が市民生活に浸透していく様子を窺うことができる。 1 1
24 森下仁丹株式会社資料  仁丹ケースである。昭和2(1927)年に、従来のニッケル容器にかえてこのセルロイド製の透明容器が採用された頃、同製品は懐中薬から口中芳香剤へとその性格を変化させた。昭和初期の市民生活を彩った嗜好品の一例として、時代相を窺うことができる。 1 1

【購入】

目録 資料群名 解題 件数 点数
1 小笠原流武家諸礼式秘伝書  武家礼法・兵法・弓馬術等の総合流派の1つである小笠原流の武家諸礼式の秘伝書である。小笠原氏は室町時代中後期に室町幕府の儀礼を扱った。江戸時代になると、本家は江戸幕府の儀礼を扱ったが、小笠原流としては諸流に別れて伝えられることとなった。本資料は小笠原貞慶の家臣小池貞成及びその弟子水島ト也が伝えた別名水島流といわれる流儀の秘伝書である。 131 146
2 万国博覧会関係資料  万国博覧会に関する図書資料。1851年のロンドン博より1900年のパリ博までの万国博覧会についての公式報告書や、万国博覧会に言及した雑誌などから、19世紀の万国博覧会の状況を知ることができる。 124 127
3 野間吉夫民陶コレクション(追加分)  昭和63年に収集したコレクションの追加分である。当コレクションは民芸的視点から収集されたもので、九州の民窯の代表的な陶磁器が揃っている。今回の収集資料中には、四国の他、李朝の陶磁器もある。 26 27
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