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No.021

考古・民俗展示室

食べる 調理具のいま・むかし

平成3年9月25日(水)~12月8日(日)

奈良時代のかまど
奈良時代のかまど

*火による調理1…炉(ろ)、かまど、コンロ

 火は最初、地面で直接焚(た)いたり、屋外に穴を掘ったり、石で囲った炉で焚(た)いていましたが、縄文時代の中頃には屋内に炉を設けるようになりました。

 古墳時代からかまどの使用が始まりました。かまどは下半分に焚き口が有り、上に鍋、釜を置いて煮焚きします。かまどはへッツイ、クドとも呼ばれ、ヘッツイは「家の火」、クドは火処を意味し、火を扱う場所として神聖視され、荒神様などを祭るようになりました。

 明治時代以後の電気・ガスの普及は都市部でのコンロの普及を促し、戦後ほとんどの家庭でかまどが姿を消しました。さらに電気やガス利用のオーブン、レンジの普及が調理形態を変化させています。


炮烙(胡麻煎り)
炮烙(胡麻煎り)

*火による調理2…鍋・釜など

 土器のない旧石器時代には、食物はそのまま直火で焼かれていましたが、縄文時代になると土器の使用によって煮炊きできるようになり、古代・中世には土器・陶磁器の他に石や鉄の鍋、釜が普及しました。

 煎(い)る道具として炮烙(ほうろく)があります。豆や胡麻(ごま)、米、麦、餅など様々なものを煎るのに使われ、簡単な蒸す道具としても使われました。明治時代以降はフライパンの導入によって姿を消していきました。

 現在、これらの調理具は圧力鍋やホットプレート、使い捨てフライパン付きのポップコーンに代表されるような省力化、簡便化の波に洗われています。

*火による調理3…蒸し器とごはん

 弥生時代以降、米は臼と杵で脱穀(だっこく)、精米(せいまい)した後、底に穴をあけた土器(こしき)に入れ、そのこしきを水を入れた鍋に乗せ、火にかけて蒸して食べました。こしきはその後蒸籠(せいろう)とよばれる曲物にかわり、下に使う容器は鍔(つば)のついた鉄鍋(羽釜(はがま))にかわりました。

 仏教の伝来とともに粥(かゆ)を食べ始めましたが、一般化し始めたのは鎌倉時代頃からです。厚粥(かたがゆ)と水粥(しるがゆ)があり、厚粥は現在の炊飯に近いものと考えられています。

 戦後、電気やガスを利用する自動炊飯器が登場し、羽釜を利用して炊飯していた頃の「はじめチョロチョロ、なかパッパ、赤子泣いても蓋取るな」という言葉は死語になってしまいました。


卓袱台と食器
卓袱台と食器

*食器と食卓

 縄文土器・弥生土器は、食器としての器種は多くありません。古墳時代は器種が増えたものの、現在に近いセットができたのは陶磁器が出現した奈良・平安時代以降のことで、小皿、碗(わん)、鉢(はち)、大皿、などがありました。材質は土器、陶磁器、木器(漆器(しっき))です。以後器種は増えていったものの、材質は変りません。

 大正時代までの一般家庭では、家族の各々が小型の専用食卓(箱膳(はこぜん))で食事をし、食器と箱膳は各々が管理したのです。大正末期に卓袱台(ちゃぶだい)を囲んで家族が一緒に食事をする習慣が生まれました。

 戦後、住宅の洋風化につれ多くの家庭でテーブルが取入れられました。食器は一部がプラスチック製になりましたが、多くは陶磁器を使っています。

■御協力を頂いた方々(順不同・敬称略)

青木義真・赤間美奈子・生田清四郎・ 牛尾ユキ・太田善之祐・岡平蔵・岡田一・ 大隈虎走・斎藤忠夫・田中緑・玉川桂・ 富田幸利・野間吉夫・浜篤夫・平木次夫・ 広田良己・藤田忠蔵・三浦邦彦・ 南区民俗文化財保存会・守谷末人・ 安木ハツエ・山口拓男・吉富三重子・ 渡辺敏助・森恍二郎

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