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No.096

黒田記念室

博多祇園山笠展6

平成8年6月11日(火)~7月14日(日)

博多祇園山笠図屏風(天明8年)より「楠氏忠勤基」
博多祇園山笠図屏風(天明8年)より
「楠氏忠勤基」
博多祇園山笠(安政2年)より「鞍馬天狗」
博多祇園山笠(安政2年)より
「鞍馬天狗」

 今も昔も福岡の夏は「博多祇園山笠(はかたぎおんやまかさ)」の季節。その起源には諸説がありますが、少なくとも500年を越える伝統をもち、江戸時代にも各地からの見物客で賑わった博多最大の行事であったことがわかっています。特に市内に電線がなかった明治43年までは15メートルもの高さの舁山(かきやま)を担いで早さを競いあい、その勇壮さは全国各地の祭の中でも随一のものだったでしょう。

 また、数々の華麗な人形で飾りたてた巨大な山を惜しげもなく毎年作り替えていく、というのも「博多祇園山笠」の特徴。博多町人の、この祭にかける意気込みが感じられますね。ですから見物するほうも今年はどんな飾りの山が出るのか楽しみだったわけです。

描かれた山笠

 江戸時代、山笠の飾りについては、前年、前々年から当番町の役員たちが協議を重ねてまず標題(ひょうだい)を決めます。標題というのは例えば「鞍馬天狗(くらまてんぐ)」というような飾り人形のテーマのことで、各当番が一番苦心する重要なもの。今でも世相を繁栄したものや人気アニメが飾り山の標題になっています。標題が決定したらそれに基づいて人形師(にんぎょうし)(飾り人形を作る職人)が山笠の下絵を描き、当番町の役員たちによって年中行事を司る藩の年行事役所(ねんぎょうじやくしょ)に届け出され、「これでよし」ということになれば今度は絵師が下絵をもとに本図を描き、その1組は旧暦の3月中旬頃までに藩主に納められる習わしでした。今回展示している「山笠図」に黒田資料が含まれているのはこうして筑前藩主黒田家に伝わったものだからです。

 このような「山笠図」は毎年6本の山の姿を克明に描き、記録していく役目を果たしています。現存しているのはそのごく一部なのですが、文献記録で標題だけを追って見るのも興味深く、例えば牛若丸はいつの時代にも人気なのですが、中国の戦記物や豊臣秀吉びいきの標題が多く目につきます。これは貿易で栄え、また秀吉の博多再興と町割りによって近世の姿ができあがった博多という町に特有の標題ではないでしょうか。

 当館には黒田家に伝来したものも含めて、天明8年(1788) から元治(げんじ)元年(1864)までの66本分(11年分)がこれまでに所蔵されています。今回はその中から合計36本分の「山笠図」を中心に展示替をしながら紹介します。

山笠の絵師(えし)-三苫惣吉(みとまそうきち)

 ところで、今回展示している「山笠図」はすべて代々惣吉を襲名した三苫家の絵師たちが描いたものです。彼等は江戸後期に博多の人々から「絵惣(えそう)」と呼ばれた山笠の絵師でした。その初代惣吉(1727~1803)は、福岡藩の御用絵師(ごようえし)であった上田氏の門人で主清(しゅせい)と号しています。彼が初めて「山笠図」を描いたのは、宝暦(ほうれき)2年(1752)の土居町(どいまち)の二番山であったということが『博多山笠年代記(はかたやまかさねんだいき)』から知られます。それ以前は、「山笠図」は上田家が藩より依頼されて描いていましたが、この時三苫惣吉が描いた「山笠図」は評判もよかったらしく、次第に6本全部の山笠図を描くようになっていったということです。

 2代惣吉(1763~1824)も「観古堂(かんこどう)」という表具師(ひょうぐし)を営む傍ら「山笠図」をいくつか描いていますが、本格的な絵師として活躍するのは3代目の惣吉(号は英之(えいし)。1803~1879)で、彼もまた上田家の門人であったことがその落款(らっかん)からわかります。さらに、英之の描いた山笠の下絵が現存するところから、少なくとも彼の時代には人形師が描いていたとされる山笠の下絵も三苫氏が請け負っていたことが知られます。また4代惣吉(1833~1887)は初代、2代と同じく主清と号していました。山笠の絵師として活躍したのはだいたいこの4代までで、明治時代になると山笠の絵図はふたたび人形師たちが描くようになり、5代惣吉は表具師として名を残し、山笠作りの仕事からは遠のきました。ですがやはり「絵惣」と呼ばれて博多の人々から親しまれたということです。

 一見すると全部同じように見える「山笠図」。しかし各代の惣吉それぞれに描線や色彩に個性が発揮されています。それもそのはず、三苫家に伝わった資料には数多くのスケッチ類や「山笠図」以外の絵画の下描きなどがあり、彼等が町絵師としての本格的な研鑽を積んでいたことがわかるのです。


「鞍馬天狗」(部分)
「鞍馬天狗」(部分)

博多祇園山笠巡行図屏風
博多祇園山笠巡行図屏風
この屏風は三苫氏が描いた「山笠図」ではなく、延宝2(1674)年に西町流の蔵本番が建てた舁山を描いたもので、作者は不詳ですが山笠の組立から追山の日に博多市中をめぐっている様子などが詳しく表現されています。山笠を描いた現存最古の屏風で、江戸時代の勇壮な舁山の様子が偲ばれます。
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