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No.158

黒田記念室

福岡城の近代史

平成12年2月8日(火)~4月2日(日)

最後の藩主黒田長知
最後の藩主黒田長知

 明治4(1871)年の廃藩置県によって、慶長5(1600)年以来、約270年にわたって筑前を治めてきた藩主黒田家が福岡を去りました。福岡藩が太政官札(だじょうかんさつ)を偽造した「贋札(がんさつ)事件」が発覚したために、福岡県は藩知事が県知事にならなかった唯一の県となり、最後の藩主で藩知事だった黒田長知(くろだながとも)が去り、最初の県知事に有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)が就任したのです。福岡城を居城としていた黒田家が去ってから、現在のように福岡城跡が大濠公園、舞鶴公園として整備されるまでの歴史をたどってみましょう。

 

明治20年頃の福岡城と掘
明治20年頃の福岡城と掘

明治維新後の福岡城

 廃藩置県のあと明治9(1876)年に天神町(現・中央区天神)に新庁舎が完成するまで、城内に福岡県庁がありました。その間、一時的に陸軍の中隊が派遣されたことがありましたが、兵営が設置されたのは、県庁が移転したあと同年9月のことでした。明治19年には、日清戦争(1894~95)や日露戦争(1904~05)にも出動した歩兵第24連隊が置かれました。以後、昭和20(1945)年の敗戦まで、福岡城内には陸軍の施設がありました。
 ところで、福岡城の堀の名残は、現在、明治通り沿いと大濠(おおほり)公園の池、護国(ごこく)神社前の池にわずかに残っています。後に述べるように埋立が始まるまでは、現在の大濠公園の池(大堀)も2倍近い広さで、城のまわりをぐるりと囲む堀もありました。さらに、赤坂から大名、天神をへて那珂川(なかがわ)につながる堀もあり、那珂川側は佐賀堀(または肥前堀)、赤坂側は中堀と呼ばれていました。福岡城は、現在の様子から想像する以上に、広い堀に囲まれた城だったのです。

休館日

開館時間
午前9時30分~午後5時30分
(入館は午後5時まで)
7月22日から8月27日のうちの金・土・日ならびに8月14日、15日は午後8時まで開館(入場は午後7時30分まで)
休館日
毎週月曜日
※月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館
8月14日、15日は開館、8月16日は休館
※年末年始の休館日は12月28日から1月4日まで
pressrelease

Facata(博物館だより)

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