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No.178

黒田記念室

能面の世界1-神と人と-

平成13年1月30日(火)~4月1日(日)

 福岡市博物館は、平成11年に狂言(きょうげん)面26面を含む能面コレクション全169面を収集しました。この展覧会は、新収蔵の能面コレクションをシリーズで紹介する第一回目です。
 ところで、能面の分類については定まった説はありませんが、典型的な面とそこから枝分かれした変形面をあわせ、はっきりと名前が分かるだけでも250から60種類を数えるといわれます。この種類の豊富さは、仮面劇としての長い歴史と発展を物語っています。また、大まかには、翁(おきな)、尉(じょう)、鬼神(きしん)、怨霊(おんりょう)、男、女などに大別できますが、最も基本的なのは、神であるか、人であるかという違いでしょう。そして神でもなく人でもない霊の世界が両者のあいだに横たわっています。このような重層的な構造こそ、能の幽玄(ゆうげん)さの源なのかもしれません。
 今回の展示では、こうした基本的な分類を念頭におきながら、様々な能面の表情を楽しんでいただきたいと思います。


神の面

1 能面 翁
1 能面 翁

2 能面 大飛出
2 能面 大飛出

 神の面といえるものの中で第一にあげるべきは、翁、三番叟(さんばそう)、父尉(ちちのじょう)、延命冠者(えんめいかじゃ)の四種類からなる翁系の面です。これらは、正月や特別な場合に上演する「翁」にのみ使われる専用面です。特に笑い、つまり喜悦を表現する翁面は、様々な祝福をもたらす神であり、顎(あご)が切り離された独特の構造は、能以前の舞楽(ぶがく)の伝統を受け継いでいます。「翁は能にあらず」といわれますが、それは、ひとつのストーリーをもつ演劇である能にあって、「翁」だけが純粋に儀式の曲として存在するからです。
 また、男性の老人を表す尉系の面も、一部に人間の老人役に使われるものもありますが、翁と同じように神としての性格を持っています。老人は神や神霊(しんれい)に最も近づきやすいという思想ゆえでしょう。
 翁系や尉系は、いわば日本古来の柔和な神のイメージを色濃く反映していますが、鬼神系に分類される面には、猛々(たけだけ)しい神の力を象徴するものが多く含まれています。怨霊となった菅原道真(すがわらみちざね)をモデルとした飛出(とびで)は雷神、天神として用いられ、天狗を表すべし見(み)や、日本人離れした容貌の悪尉(あくじょう)なども翁や尉とは対照的に一瞬の激情を表現しています。これらには外来の神の風貌を感じさせるものも多く、祝福する神ではなく、悪魔を降伏させる恐ろしき存在であり、単なる神ではなく鬼神と呼ぶにふさわしい能面です。
 以上が能面の中で最も神性の強いものといえるでしょう。


霊(りょう)の面

8 能面 痩女
8 能面 痩女

11 能面 真蛇
11 能面 真蛇

 霊とひとくちにいっても、神に近い神霊から、怨霊や生霊(いきりょう)、幽霊など幅広く、また三日月(みかづき)や怪士(あやかし)、筋男(すじおとこ)や鷹(たか)などのように神霊にも怨霊にも使用される面もあります。神と人との間を、そして天上と地獄の間を揺れ動いている領域が、能における霊の位置といえるかもしれません。
 今回の展示では、そうした霊系の面の中からどちらかというと怨霊としての性格の強い面を中心に紹介しています。例えば痩男や痩女は、その名の通り痩せ衰えた男女の顔を表していますが、ともに地獄から現れた亡者で、地獄の責め苦にやつれ果てた人間のはかなさを感じさせます。また般若(はんにゃ)や真蛇(しんにゃ)などは、嫉妬(しっと)と恨みに取り憑かれた女性が鬼となり、さらに人間性を失っていく様を表現して、怨霊の壮絶さを遺憾なく発揮しています。こうした怨霊系の面の中では、山姥(やまんば)は精霊としての性格が強く、人に害を与える単なる鬼女ではない存在である点がユニークで、分類でも独立して扱われています。
 今回紹介する霊系の面で唯一神霊に分類されているのが「海士(あま)」の龍女(りゅうにょ)として用いられ、後には「葵上(あおいのうえ)」の生き霊にも転用されるようになった泥眼(でいがん)です。その名は、金泥(きんでい)を施した眼の表現ゆえで、眼に金を入れるのは超人間的存在であることを表す約束事であり、能面の鑑賞ではひとつの目安になるでしょう。


人の面

14 能面 弱法師
14 能面 弱法師

18 能面 小面
18 能面 小面

 翁系統や鬼神系統よりも遅れて成立したのが人間の男や女の面です。能を大成した世阿弥(ぜあみ)の時代においても、現在ほど種類はなく、時には面をつけなかったこともあったとさえ思われます。ただ幽玄の能が、神や鬼の物語ではなく、悲しみや恨(うら)み、祈り、喜びなどを表現する物語によって成立したことを思えば、人の面こそ演劇としての能の中心的な役割を担っていると言えるでしょう。また遅れて成立したということは、それまでの面制作の技術が生かされているわけで、複雑な内面表現が達成されていることも頷けます。美術的な視点からしても最も魅力に富んだ領域です。
 今回の展示では、特徴的な男面を中心に紹介しています。同じ若者でありながら明暗対照的な喝食(かっしき)と弱法師(よろぼし)や、貴族的な品格を表現する中将(ちゅうじょう)や源氏(げんじ)など、世代や出自、演じられる役の性格の描き分けが見所です。そして最後には、小面(こおもて)の不思議な微笑みが、見る者を能面世界のさらに懐深くに誘ってくれるでしょう。

(中山 喜一朗)

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