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No.384

歴史展示室

筑前五ヶ浦廻船展2

平成23年4月12日(火)~6月5日(日)

廻船模型(営設総合)
廻船模型(営設総合)

 この展示は、江戸時代の博多湾に栄えた五ヶ浦廻船(ごかうらかいせん)に関する、近年の新たな収蔵資料を中心に、この地域の海を舞台として繰り広げられた海運や、漁業、製塩業などの産業、暮らしと文化について紹介していくものです。福岡藩の浦について、その学問的な研究を深めたのは、故高田茂廣(たかたしげひろ)さんでした。高田さんは1928年福岡市内の西新町に生まれ、戦後に能古島(のこのしま)などの小学校教師を勤める傍ら、すでに知る人も少なくなっていた江戸時代の五ヶ浦の廻船業を手始めに、筑前(ちくぜん)の海事関係の歴史研究を始め、退職後は旧福岡市歴史資料館の仕事に携わり、筑前の玄界灘沿岸部の各地に残された海事関係の貴重な資料の発見・収集を続けられ、2009年になくなるまで、郷土の海をめぐる様々な産業や浦の生活・文化を、ひろく、しかも学術的に解き明かして行きました。


江戸時代の博多湾の浦
 福岡藩では、漁業や海運業など、海を舞台にして生活を営む沿岸の村々を浦とよび、浦奉行を置いて支配しました。その数は約40で、はじめ筑前国の玄界灘沿岸の上触と下触のふたつのグループに分けられ、後に三触(上浦、中浦、下浦)となり博多湾沿岸(現在の福岡市域)の浦々は中浦と下浦に属しました。触には浦大庄屋がおかれて統括し、各浦には浦庄屋がおかれ、行政的な仕事をしました。また現在の私たちは、浦というと漁業を思い浮かべますが、当時は一口に浦といても、その産業や生活の基盤はさまざまでした。


筑前五ヶ浦廻船
 筑前五ヶ浦廻船とは博多湾内の西側にある、唐泊(からどまり)、宮浦(みやのうら)、今津(いまづ) 、浜崎(はまさき)、残島(のこのしま)(能古)の5つの浦で栄えていた廻船業のことで、福岡藩の年貢米を瀬戸内海を経て大坂、江戸などに運ぶほか、日本各地の産物を積んで、日本海や太平洋岸の長距離の輸送に活躍しました。藩により5つの浦の廻船を統括する廻船頭取もおかれ、最も栄えていた江戸時代の中頃には、50隻もの廻船があったと言われます。その後に現在のフィリピンやインドネシアなどへの廻船の漂着事件が続き、当時、厳しい鎖国政策をとっていた幕府に疑われないため、浜崎、今津の2つが廻船業から撤退させられ、幕末頃には残りの3つの浦による廻船業が続いていました。
 当時の廻船業は莫大な利益が上がる仕事で、それを営む船主の家の繁栄を偲ばせる、豪華な漆塗りの什器(じゅうき)や調度品などが今でも残されています。また浦の人々も水夫などとして船に乗り組みました。そのため能古島では、廻船業のなくなる明治まで、漁業が行われなかったとされるほどです。その反面、難破、遭難も多く、生命の危険を伴う仕事でもあったため、船乗り達の信仰は厚く、五ヶ浦の神社へ奉納された絵馬(えま)からは、航海の安全と繁栄をいのる人々の気持ちが伝わります。

休館日

開館時間
午前9時30分~午後5時30分
(入館は午後5時まで)
休館日
毎週月曜日
※月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館
※年末年始の休館日は12月28日から1月4日まで
pressrelease

Facata(博物館だより)

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