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No.395

考古・民俗展示室

井戸― 遺跡編 ―

平成23年9月13日(火)~ 11月6日(日)

図版⑤ 弁才天像
弥生土器に付着した縄紐
(比恵遺跡)

井戸を築く集落
 井戸の分布に注意してみると、時代ごとに片寄りがあることが伺えます。遺跡での状況を、井戸が特に多い遺跡を中心に見てみましょう。


● 比恵・那珂遺跡群
 この二つの遺跡は、JR博多駅の南から竹下駅にかけての周囲より少し高い丘陵上に連続して広がります。御笠川と那珂川に挟まれた位置です。弥生時代中期後半から古墳時代前期に住居・溝などが集中して出土し、奴国の拠点集落の一部と考えられています。この集落のなかに多くの井戸が築かれました。その数は弥生時代だけで500基を超え、県内で確認された弥生時代の井戸の6割以上に及んでいます。そのほとんどが素掘り井戸で、遺跡を象徴する遺構にもなっています。比恵・那珂遺跡を発掘していると、弥生時代に井戸があることが当然のように思えてきます。しかしそんな遺跡は限られ、他では井戸があっても数基程度です。通常の集落では、わざわざ井戸を掘らなくとも、小河川や湧き水などを利用していたと考えられます。
 では比恵・那珂遺跡ではなぜこれほど多くの井戸を掘ったのでしょうか。これまでに青銅器生産などの手工業用、祭祀、耕地の広がりによる水質汚濁などの理由があげられ、中国との関連も検討されています。いずれにしても人口の集中がその要因であることは確かでしょう。
 ここで少し井戸の中を覗いてみます。弥生時代の井戸からは完形の土器が出土することが多く、特に赤く塗られた壺形の土器が印象的です。この壺は釣瓶(つるべ)としても利用されたのでしょうが、水・井戸にかかわる祭祀(さいし)に使われたと考えられています。また、井戸の底は水気があるため、木製品、骨、種子などの通常では残らない遺物が出土し、土器や石器ではわからない当時の社会を垣間見ることができます。


結い桶井戸の重なり(博多遺跡)
結い桶井戸の重なり
(博多遺跡)

● 博多遺跡群
 博多の街は11世紀後半頃から中国商人が唐房(とうぼう)と呼ばれる居住地を形成し、貿易都市として発展してきました。人口が集中した博多遺跡群では900基を超える井戸が出土しています。
 博多遺跡群の地盤は砂であるため崩壊防止の井戸側は不可欠です。11世紀までは、板材を方形に積み上げた内側に曲物を据えるものが一般的ですが、12世紀になると一変し、先にふれた結い桶を重ねた井戸側が中世を通じて大半を占めるようになります。それでも壊れることが多かったためか、繰り返し作り替えが行われ、発掘現場では井戸跡が累々と重なりあっていることもしばしばです。同じような状況が、やはり砂丘上に営まれた都市である箱崎遺跡でも見られます。
 博多遺跡群に対し、他の中世の遺跡では必ずしも井戸が見つかるわけではありません。香椎A遺跡、田村遺跡、原遺跡などの比較的大きな屋敷地に築かれる場合が多いようです。また、結い桶だけでなく、石組み、木組みなど、多様な井戸側が使われています。この違いは、立地する地盤、材料の入手しやすさなどに起因すると考えられます。
 井戸の構造・使われ方は、時代・地域・集落によって様々です。井戸に対する思いも違っていたのでしょう。井戸端の会話・世相を想像しながら穴を覗くと、聞こえてきそうに思えます。
(池田祐司)

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