平成28年2月16日(火)~平成28年4月17日(日)
中国.春秋時代の思想家、孔子(こうし)の言葉をあつめた『論語(ろんご)』の中に「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。」という1節があります。これは人間の理想像である知者を自由自在に動くことのできる水に、また仁者をどっしりと落ち着いて安定している山にたとえた言葉です。
このように、中国では人を自然=山水(さんすい)と重ねる思想が古くからあり、その境地をあらわした詩がつくられ、やがて俗世を離れた理想郷のイメージとしての山水画が数多く描かれてきました。それは日本にもたらされ、仏教や神道の世界観とも融合しながら私たちの自然に対する意識にも大きな影響を及ぼしました。
本展示では当館所蔵の山水図を紹介します。そこに描かれた山水の表現を通して、東洋の叡智が育んだ人と自然の関係を見出していただければ幸いです。
―日本の自然を描く―
①山水屏風(せんずいびょうぶ) 6曲1隻
紙本着色 108.1×227.0
作者不詳 江戸時代
広々とした山野とそこかしこに点在する屋敷や人馬を、やまと絵のおだやかな筆使いで描いた屏風です。まったく同じ構図の作品が京都の神護寺(じんごじ)に伝来していて、本屏風はその模写であることがわかります。神護寺本(12世紀・国宝)は製作年代が先行する東寺(とうじ)旧蔵の京都国立博物館本(11世紀・国宝)と共に、真言密教における灌頂(かんじょう)(密教の秘法を伝授する儀式)の調度として用いられたものですが、本来は宮中や貴族の邸宅の調度で、その源流は中国由来の唐絵(からえ)山水図であったと考えられています。
―神仏の浄土―
②弁才天像(べんざいてんぞう) 1幅
絹本着色 89.5×38.8
作者不詳 南北朝時代
③白衣観音像(びゃくえかんのんぞう) 1幅
絹本墨画 84.9×35.6
三谷等悦 江戸時代
②は満月の夜、滝が流れ落ちる深山幽谷の岩上でひとり楽しげに琵琶を弾く弁才天を描いた仏画です。弁才天は芸能の神(妙音天(みょうおんてん))ですが、本来は川や水を司る女神であることから、滝はそうした神格を意識したものと言えます。ただ、深山の岩上でくつろぐ姿は、中国・宋~元時代に描かれた補陀落山(ふだらくせん)(観音が住むとされる南海の聖地)の観音像などにも通じ、中世には弁才天が如意(にょい)輪観音(りんかんのん)と同体とする思想もありました。したがって本作品は弁才天を観音のイメージに重ね合わせ、自然の山水を神仏がいる聖地に見立てたものとも考えられます。
③はこうした中国仏画の伝統を引く江戸時代の水墨画で、作者は筑後の久留米藩に仕えた雲谷派(うんこくは)の絵師、三谷等悦(みたにとうえつ)(?~1675)です。画中には江戸初期に中国から長崎に渡来し、日本篆刻(てんこく)の祖といわれる黄檗(おうばく)僧、独立性易(どくりゅうしょうえき)(1596~1672)の賛文が添えられています。
① 山水屏風