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No.524

企画展示室1

中世博多の風景展

平成30年10月30日(火)~12月24日(月・祝)

図1 細川幽斎和歌短冊(史料17) 図1 細川幽斎和歌短冊(史料17)

図1 細川幽斎和歌短冊(史料17)

 福岡を描いた古い絵画といえば、従来、「袖湊(そでのみなと)」を描く「博多古図」(図3)が知られていますが、これは江戸時代中頃に創作された中世博多の想像図です。それでは、中世に描かれた絵画はまったくないかといえば、わずかですがいくつかの確実な作品が残されています。また、和歌や紀行文といった文芸史料は写真のなかった時代において、まだ見ぬ地のイメージをかき立たせる、いわば現代のガイドブックのような役割を果たしました。

 本展覧会では、博多湾沿岸一帯を描いた絵画史料や、和歌・紀行文・寺社縁起等の文芸史料をとおして中世博多の風景を紹介します。

1.福岡を描く最古の絵画作品

 福岡を描いた現存最古の絵画史料は、文永11年(1274)・弘安4年(1281)の二度にわたる蒙古襲来(もうこしゅうらい)の様子を活写した『蒙古襲来絵詞(えことば)』です。長い絵巻物ですが全体の約6割に博多湾沿岸の風景が描かれています。一方、地元に残る最古の絵画は、「志賀海神社縁起(しかうみじんじゃえんぎ)」(図2)です。博多湾頭に浮かぶ志賀島(しかのしま)に鎮座する志賀海神社に伝来した鎌倉時代後期の作品です。浜辺の鳥居から一直線に伸びた参道が勝山(かつやま)を背にした社殿に続く様子が描かれています。右側は断崖で、すぐ下まで海が迫っています。現在、崖下は埋め立てられ駐車場となっていますが、地形はほぼ現在と同じ姿です。

2.白砂青松つらなる博多湾沿岸

 かつて博多湾沿岸には白砂青松の景観が広がっていました。平安時代後期の大江匡房(おおえのまさふさ)「筥崎宮記(はこざきぐうき)」には「潮汐の声、常に宮中に満ち、坤艮(こんこん)三十余町、乾巽(けんそん)七八許里【町】、敢えて他木無し、ただ青松のみ」と、一面に松原が広がる景観が述べられています。博多湾の西側に今も残る生(いき)の松原(まつばら)は、神功皇后(じんぐうこうごう)の逆松(さかさまつ)の旧跡として知られ、枇杷大后宮(びわおおきさいのみや)(三条天皇中宮)は、大宰帥(だざいのそち)として九州に向かう藤原隆家(ふじわらのたかいえ)に扇と「すずしさは生の松原まさるとも、そふるあふき【扇】の風なわすれそ」(『新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)』)の歌を贈りました。

図2 志賀海神社縁起(境内図)(史料1)

図2 志賀海神社縁起
(境内図)(史料1)

3.外国船が往来する博多湾

 古来、外国文化受容の窓口として栄えた博多湾では、外国に行き来する船がみられました。戦国時代の初頭、筑前国内を巡歴した連歌師・宗祇(そうぎ)は博多湾内を見渡し「前に入海遙(いりうみはる)かにして、志賀の島を見渡して、沖には大船多くかかれり。唐土人(もろこしびと)もや乗けんと見ゆ」(「筑紫道記(ちくしみちのき)」)と、異国の船が多数浮かぶさまに目を見張っています。謡曲「唐船(とうせん)」は、博多湾に数多くの外国船が往来したことを背景として創作された演目です。このような認識によって、和歌の世界で歌語として用いられた「袖湊」を、後に博多と同一視するようになっていきます。

4.博多湾内の名所

 白砂青松広がる博多湾には風光明媚な名所がありました。

 先ずは「博多八景」です。鎌倉時代末期、聖福寺(しょうふくじ)の住持もつとめた鉄庵道生(てったんどうしょう)が詠んだ漢詩文で、「香椎暮雪(かしいぼせつ)」・「箱崎蠶市(はこざきさんし)」・「長橋春潮(ながはししゅんちょう)」・「庄浜泛月(しょうはまはんげつ)」・「志賀独釣(しかどくちょう)」・「浦山秋晩(うらやましゅうばん)」・「一崎(いさき)(伊崎)松行(しょうこう)」・「野古帰帆(のこきはん)」の八つの主題で博多を起点に東から西へ順に見渡し、季節も冬から、春、夏、秋へと四季を巧みに織り交ぜ、あたかも四季山水図のように湾内の情景を詠み込んでいます。

図3 袖湊を描く「博多古図」(史料11)

図3 袖湊を描く「博多古図」(史料11)

 南北朝時代にも博多にはランドマークタワーがそびえていました。「高楼(こうろう)百尺」(約30m)と謳われた呑碧楼(どんぺきろう)です。博多息浜(おきのはま)の元寇防塁(げんこうぼうるい)近くに創建された石城山妙楽寺(せきじょうざんみょうらくじ)に建立され、遠く中国から「呑碧楼記」という詩文が寄せられました。

 志賀島に向けて海中をすっと延びた海(うみ)の中道(なかみち)は、日本三景の一つにあげられる天橋立(あまのはしだて)にも匹敵する景観として称揚されました。歌題として取り上げられ、志賀島を訪れた細川幽斎(ほそかわゆうさい)は、天橋立を思い浮かべ、「名にしほふ龍(たつ)の都(みやこ)の跡とめて波をわけ行(ゆく)うみの中道」(図1)と詠み、志賀海神社に和歌短冊(たんざく)を奉納しています。 (堀本一繁)

図4 博多息浜の砂丘に陣取る武藤景資主従と、川のほとりの住吉神社の鳥居(史料2)

図4 博多息浜の砂丘に陣取る武藤景資主従と、川のほとりの住吉神社の鳥居(史料2)

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(入館は17時まで)
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休館日
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