平成26年7月26日(土)~9月21日(日) 50日間
展示概要
プロローグ ~戦場のよそおい~
戦場で官兵衛の「赤合子」と恐れられた朱色の合子形兜。
シンプルなデザインであるが、鮮やかな色彩が官兵衛の存在感を示した。
戦場で恐れられた官兵衛の赤合子 | 黒田家の重宝、官兵衛の具足 |
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白檀塗合子形兜 桃山時代 岩手・もりおか歴史文化館 【期間限定 8月19日(火)~8月31日(日)】 |
朱漆塗合子形兜・黒糸威五枚胴具足 兜/江戸時代 胴/桃山時代 福岡市博物館 |
「白檀塗合子形兜」は官兵衛所用の兜で、官兵衛は亡くなる間際に家臣の栗山利安にこの兜を与えた。
「朱漆塗合子形兜」は、官兵衛の曾孫で福岡藩3代藩主の黒田光之が、官兵衛所用の白檀塗合子形兜を模して作らせたもの。
播磨に生まれ
小寺政職の重臣として姫路城を預かる黒田職隆の嫡男として誕生した官兵衛。
織田信長との対面により歴史の表舞台に登場する。
官兵衛を歴史の表舞台に引き出した信長 | 信長に授けられた切れ味鋭い国宝の刀 |
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織田信長像(重要文化財) 桃山時代 愛知・長興寺 (図版提供・豊田市郷土資料館) 【期間限定 8月5日(火)~8月17日(日)】 |
刀 名物 「圧切長谷部」(国宝) 南北朝時代 福岡市博物館 |
有岡城幽閉
官兵衛は羽柴(豊臣)秀吉に仕え中国攻めを助けた。 しかし、信長に謀反を起こした荒木村重を翻意させるため 有岡城に乗り込み囚われの身となってしまう。
官兵衛幽閉 光姫に捧げられた家臣の誓文 |
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黒田氏家臣連署起請文 天正6年(1578)11月5日 福岡市博物館 |
秀吉を天下人に
官兵衛は、中国大返し・山崎のいにより秀吉を天下人の地位に導き、九州攻め・小田原攻め等で活躍し戦国時代に終止符を打った。
官兵衛の才智で天下人にのし上がった秀吉 | 戦国時代に終止符を打った証し 北条家から贈られた伝家の宝刀 |
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太刀 名物 「日光一文字」(国宝) 鎌倉時代 福岡市博物館 |
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日光一文字おさめた刀箱 | |
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豊臣秀吉像 桃山時代 大阪市立博物館 【期間限定 8月26日(火)~9月21日(日)】 |
葡萄文蒔絵刀箱(国宝) 桃山時代 福岡市博物館 |
如水となりて
文禄の役で秀吉の怒りを受け、死を覚悟した官兵衛は、出家して如水と名乗る。
秀吉没後、関ヶ原の戦いでは徳川家康に味方して九州を席巻した。
官兵衛・長政親子の活躍により 天下を手にした家康 |
死を覚悟した官兵衛直筆の遺言状 |
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木造東照権現坐像(福岡市指定文化財) 江戸時代 福岡・警固神社 |
黒田如水自筆覚書(部分) 文禄2年(1593)8月9日 福岡市博物館 |
文雅のたしなみ
秀吉の軍師として勇名をはせた官兵衛は、文武両道の人であった。 茶の湯や和歌・連歌に造詣が深く、キリスト教にも理解を示した。
「福岡」の誕生を言祝ぐ夢想の連歌 |
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如水公夢想連歌 慶長7年(1602)正月16日 福岡市博物館 |
官兵衛の洗礼名はシメオン |
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黒田如水ローマ字印書状 慶長9年(1604)正月19日 福岡市博物館 |
エピローグ ~思いおく言の葉なし~
辞世の句
「思いおく 言の葉なくて ついにい行く
道は迷わじ なるにまかせて」には、
人生を達観した心境と
59年の生涯を存分に生き抜いた
満足感があふれている。
人生はなるにまかせて、水の如し |
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黒田如水辞世和歌短冊 慶長9年 福岡市博物館 |