平成3年9月25日(水)~12月8日(日)
水屋模型 |
*食べる
生き物にとって「食べる」ことは何にもまして重要な行為のひとつです。人類は道具と火を利用する事によって、他の動物よりも多くの種類の食料を得る事ができました。また約1万年前、土器の発明によって「煮炊(にた)き」という新しい調理技術も身につけました。これは人類の歴史の中で、食料にする対象を飛躍的に増やす画期的なことでした。以来今日まで、食文化はそれぞれの時代や地域によって、よりよい調理の道具、技術、方法や、よりおいしい味を求めて発達してきました。
今、私たちの身の周りには、電気釜や電子レンジ、あるいは電磁調理器など必ずしも火を必要としない調理器具も多く見られます。これは土器の発明以来の画期的な出来事かもしれません。
今回、考古、民俗、歴史、アジア関係の食生活にかかわる資料によって、「食べる~調理具のいま・むかし~」展を企画いたしました。食べ物が満ちあふれ、「飽食の時代」といわれる現在、私たち日本人の食生活は急激な変化を見せています。今一度「食」の原点を振り返り、これからのあり方を考えることも必要ではないでしょうか。
近代の包丁 |
*切る…包丁
弥生時代に鉄が伝わるまでは、黒曜石を割って刃を作り、切る道具として使いました。鉄が普及した後は刀子(とうす)と呼ぶ小刀を使い、奈良・平安時代には各種の刀子が作られ、材料によって道具を使い分ける包丁の原型が完成しました。爼(まないた)(真莱板)も奈良時代には認められます。
その後多様な包丁ができましたが、それは料理人が使う物で、戦前の家庭では菜切り包丁と出刃包丁の2本セットが基本でした。戦後、万能なステンレス製文化包丁が普及しましたが、小出刃包丁や刺身用柳刃包丁など特定材料用の包丁、料理用はさみの出現など逆に包丁の多様性が増しました。しかし加工食品の増加は包丁の役割を奪いつつあります。
捏鉢 |
*つぶす、おろす、こねる…粉食
食物をつぶしたり、こねたりする作業は、食物をより食べやすくするために行なわれます。縄文時代、石皿(いしざら)の上に殻(から)をとったドングリを磨石(すりいし)で磨って粉にし、だんご状にして食べました。
弥生時代に登場した臼と杵は本来は米の脱穀(だっこく)、精米(せいまい)用ですが、製粉にも使われました。平安時代から鎌倉時代には土器や陶磁器で作った擂鉢(すりばち)、こね鉢(ばち)、石臼、おろし皿が登場し、擂鉢は目(線刻)の数が少ないのがこの時代の特徴です。これらの道具で味噌、山薯、魚肉、お茶など様々な食物が加工されました。
戦後の高度成長の中、ミキサー、餅つき機、製麺機などが次々に登場するとともに、店頭で販売する時にすでに加工された状態で売るようになり、家庭から昔ながらの粉食具が減少しています。