平成9年12月16日(火)~平成10年2月22日(日)
1 木彫「槌」(山崎朝雲作) |
2 鶴図屏風(上田鉄耕筆)部分 |
わたしたちの周(まわ)りには様々な文様や意匠(いしょう)(デザイン)が見られます。その中でも幸せを象徴する文様は洋の東西を問わずその代表的なものと言えるでしよう。我が国ではこれを吉祥文(きっしょうもん)と呼び、「おめでたいしるし」として古くから尊重してきました。
日本の場合、吉祥文の多くはもともと中国などから学んだ外来の意匠でした。しかし長い歴史の中で、それらは固有の美意識によって磨かれ、新たな生命を吹き込まれました。そして吉祥文はしばしば美術・工芸作品の中に取り込まれ、視覚的に作品の美しさを引き立てるばかりでなく、吉祥的な意味を加えて作品の内容をより深いものにしています。
だれもがひとや自分の幸福を願うように、人間にとってそれは追求してやまぬ永遠のテーマと言えるでしょう。今回はこの幸福のかたちとも言うべき吉祥の文様を、館蔵の美術・工芸作品の中に見ていきたいと思います。
9 石榴図柄鏡 |
24 扇散文螺鈿蒔絵重箱 |
25 金蒔絵牡丹文鐙 |
吉祥文の種類
(1) 実在する事物
- (植物)
- 松・竹・梅・菊・桐・牡丹・橘(たちばな)・石榴(ざくろ)・葡萄(ぶどう)・桃・大根・仏手柑(ぶしゅかん)・蕪(かぶ)・茄子(なす)・南天・栗など
- (動物)
- 鶴・亀・海老(えび)・蝙蝠(こうもり)・鴛鴦(えんおう)・鹿・鼠・鯉・蜻蛉(とんぼ)など
- (器物)
- 扇・槌(つち)・熨斗(のし)・花籃(はなかご)・団扇(うちわ)・笛・杖(つえ)と瓢箪(ひょうたん)・宝巻・法螺貝(ほらがい)・錠(かぎ)・車輪・袋・島台(しまだい)など
(2) 空想上の事物
龍・鳳凰・麒麟(きりん)・獅子・仙人・宝船・蓬莱山(ほうらいさん)・宝珠(ほうじゅ)など
(3) 幾何学的なもの
青海波(せいがいは)・立涌(たてわく)・亀甲(きっこう)・七宝繋(しっぽうつな)ぎ・餅文など
(4)その他
「寿」・「福」などの福文字および双魚(そうぎょ)・百唐子(ひゃくからこ)・七福神・宝尽しなどの集合文様
吉祥文の意味
1 形状に吉祥性があるもの
石榴(ざくろ)や葡萄(ぶどう)は実の多さから子孫繁栄を、牡丹は豪華な花のかたちから富貴(ふうき)を、海老(えび)は腰の曲がった老人を思わせ長寿を、扇は末広がりの形状から発展を、青海波(せいがいは)は波がどこまでも限りなく続くことから永続性を象徴する。
2 性質に吉祥性があるもの
松・竹・梅は寒い冬を堪え忍ぶ不変性を、菊は薬用としての効能から、鶴・亀は寿命の長いことから延年長寿(えんねんちょうじゅ)を、鴛鴦(えんおう)(おしどり)は雌雄の仲むつまじさから夫婦円満を、錠(かぎ)は蔵を開けるものとして財福を、車はどこまでも回転する永続性を象徴する。
3 吉祥的な伝説にもとづくもの
橘(たちばな)は常世田(とこよのくに)(仙人の国) にある果実として、蓬莱山(ほうらいざん)は東海にある仙人の島として花籃(はなかご)・団扇(うちわ)・笛・杖(つえ)と瓢箪(ひょうたん)などは有名な8人の仙人の持ち物として、いずれも不老長生を意味する。また龍・桐と鳳凰・麒麟(きりん)などは優れた帝王が出現する時に現れるめでたいしるしとして尊重される。
4 発音が吉祥的意味に通じるもの
茄子(なす)は「成(な)す」、蕪(かぶ)は「頭(かぶ)」(=立身出世)、南天(なんてん)は「難(なん)を転(てん)ずる」、餅(もち)は「持(も)つ」、蝙蝠(こうもり)は(中国では)「蝠」という字が「福]と発音が同じ、また「槌(つち)」は「打(う)つ」という用途上の性質が「敵を討(う)つ」に通じることから吉祥の文様とされる。
(学芸員 末吉武史)