平成12年6月6日(火)~7月30日(日)
はじめに
紋付末広組紐文嫁入風呂敷 |
人々は何かを運びやすくするため、壊れやすいものを守るためなどの必要性から、自然のなかで手に入る素材を巧みに利用して、様々な「包む」かたちを生み出してきました。藁苞(わらづと)や風呂敷(ふろしき)などに見られる工夫はその代表といえるでしょう。衣服もまた身体を「包む」ものです。特に産着(うぶぎ)やおくるみは、大切な赤子を慈しみ守る意味を持っています。
このような実用のほか、儀礼としての「包む」行為もあります。お祝いやお悔やみなどの贈答で使われる「お包み」はその代表です。もともと武家の礼法に起源がありますが、その豊富な種類の熨斗(のし)包みは言葉を要しない相互伝達の型として、日本独特の「包みの文化」を現代まで培ってきたといえます。
この展示では、「包む」道具を非日常・日常(晴(はれ)と褻(け))にわけて紹介しています。西洋流のラッピングが全盛の現代にあっても、なお重要な局面ではこのような日本的な「包む」かたちが忘れられていない意味を、この中に発見してみてください。
包むこころ
包・裹・慎と書いて、いづれも「つつむ」と読みます。この言葉自体には「かこむ」「かくす」「いれる」「たばねる」「さえぎる」などの語意があります。「かくす」とは人目に触れないようにすることであり、包まれるものが神聖なもの、あるいは反対に忌むべきものを宿していることを意味しています。自分自身をつつむといえば、家に閉じこもって、人に会わないことを意味しています。ここから「慎む」という言葉が派生してきたといえるでしょう。源氏物語に「ほいかなひぬるをつつみなくもてなし給てあなたとなとにもわたり給へかし」とあり「つつみなし」(包無)といえば、遠慮がないこと、慎みがないことを意味しています。また「つつみなき」(包泣)といえば、声をしのばせて泣くことを意味しました。
また、「さえぎる」という意味では、災いから保護するという考え方に繋がっていきます。産着やおくるみは、赤子に降り懸かるであろう災厄から身を守ることになるし、割れやすいものを包む藁苞もこの意味を持っているのです。現代社会にみられる「包む」働きである、貯蔵や運搬のために、散逸しやすいものを、まとめ、くるむという行為は、以上のような思考から生まれたものといえるでしょう。
風呂敷袋(カラスグチ) |
風呂敷
物を包む四角い布を「風呂敷」と呼ぶようになったのは、江戸時代のことです。それまでは、「平包み」と呼ばれるのが普通でした。
寛保年間(1741~44)に銭湯が流行しました。その頃の風呂は、湯風呂ではなく蒸風呂でしたので、風呂褌や湯文字(ゆもじ)などを付けての入浴でした。この入浴用品を運ぶため、あるいは風呂場に敷いて衣類を脱いだり、入浴後に足を拭(ぬぐ)ったり、濡れたものを包んで持ち帰るときにも四角い布を使いました。他人のものと区別するために、家紋や屋号を染め抜いたのだ、といわれます。これが「風呂敷」と呼ばれる由縁なのです。以降、物を包むための布すべてを「風呂敷」の名で呼ぶようになりました。
三幅や五幅の大風呂敷は、嫁入りのときに夜具や道具類を運ぶために誂(あつら)えられたもので、「嫁入風呂敷」「祝(いわい)風呂敷」などと呼ばれています。熨斗・松竹梅・鶴亀などのお目出たい文様を染めたものが多く華やかなものです。明治以降は、風呂敷に生家の家紋や苗字を入れることが流行しました。花嫁にとって、生家と自分を繋ぐ唯一の印となったのです。この風呂敷は主に、九州や山陰出雲地方で作られてきました。