平成13年7月10日(火)~平成13年9月9日(日)
「日本の色と形」は、時代も分野も多岐にわたる日本の古美術を、色んなテーマにそって紹介するシリーズ展です。第1回は「吉祥(きっしょう)」というテーマで意匠や文様にこめられた意味を考え、第2回の「黒の美学」では、日本美術の色彩的な特色を「黒」というちょっと特殊な色からとらえてみました。今回は第3回として、日本美術における四季表現にスポットをあてています。
ただ、四季や季節感の表現といっても様々です。単に春の景色を描いた絵というだけではおもしろくありません。そこで今回は、少しひねった表現がしてあったり、季節を楽しむために実用品として使われた作品を中心に選んでみました。
実用としての美術
10. 団扇売と娘 |
例えば「季節をめでる」というコーナーに展示している円山派(まるやまは)の絵師村田応成(むらたおうせい)が描いた「歳首の図」は、よく見ると正月のしめ飾りです。しめ飾りがわざわざ絵に描かれていて、これを床の間に掛けるわけです。絵に描いたモチではありませんが、絵なのでどんなに立派な伊勢エビでも飾れます。もちろん本物に似ても似つかないのでは話になりませんが、さすがは写生を得意とした円山派だけあって、質感まで見事に表現しています。実物のしめ飾りよりも高価な絵でしょうが、毎年使えますから、かえって経済的といえるかもしれません。
「季節を装う」のコーナーにあるふたつの団扇(うちわ)絵も、これを切り取って骨に貼って実際に団扇として使うための浮世絵です。遊女が虫の音を聞いている姿などが描かれた図柄ですから、男性が使ったのでしょうか。それとも遊女たちが客に使わせるために用意するのでしょうか。夏の夜を演出する道具としてはいかにも江戸らしい粋なものです。
「季節の風物」で展示している歌麿(うたまろ)が描いた「団扇売と娘」(写真右)にも団扇が登場します。この浮世絵は、商家の店の柱などに掛けて飾る柱絵(はしらえ)という形式の浮世絵で、珍しく当初の掛軸形式の表具のまま伝わりました。柱に掛けるので細長い画面になっています。ここでは団扇売の若者と、団扇を買いにきたらしい娘の姿が細長の画面に巧みに配されて、夏の日の恋を語るようで、こんな柱絵が飾られたのはどんな店だったのかしらと気になりますね。
季節の謎解き
9.邸内邸外図屏風 (左隻部分) |
5.八重桜文様被衣 |
14.八朔のさげもの |
一方、純然たる飾りとしての絵画では、単純に四季を描かずに見る者に頭を使わせ楽しませるものもあります。もともと日本の屏風絵には、連続した風景でありながらその中に春夏秋冬を全部描き込む表現の伝統がありました。そうした伝統を意識しながら「季節を暗示する」のコーナーの「邸内(ていない)・邸外図屏風(ていがいずびょうぶ)」を眺めると、面白い発見があります。
画面中央に広がる中庭の風景を見ると、若松や桜の木があって、春の景色になっています。つまり屏風全体は春の風景なのですが、向かって左隻に描かれた室内を見てみましょう(写真右)。廊下に面した明かり障子(しょうじ)の腰板に描かれているのは朝顔です。また襖(ふすま)に描かれているのは網干(あぼし)と千鳥です。これらは単なる装飾ではありません。朝顔は秋を暗示するもので、季語にもなっています。そして襖のほうの網干には特定の季節はありませんが、千鳥は、特にその鳴き声が冬の季語なのです。では、夏はいったいどこにあるのでしょうか。そこで注目されるのは、明かり障子の上部の障子紙の部分が黒く塗られている表現です。なぜ黒いのでしょうか。この障子は、白い障子紙を貼ったものではなく、黒い薄絹を貼ったものと思われます。実際にそうした黒い絹を貼った窓のある屏風も江戸後期には作られています。黒い絹を貼るのは、夏の強い日差しを和らげ、風を室内に通すための工夫なのです。同じように絹を貼って風を通す趣向の屏風が、「季節を楽しむ」コーナーの「山桜図(やまざくらず)・藤図屏風(ふじずびょうぶ)」です。
このように「邸内・邸外図屏風」は巧妙な仕掛けで四季を暗示した、機知に富んだ作品ですが、仕掛けはそれだけではありません。よくよく左右の画面を見比べてみてください。右は庭から室内をのぞき見る視線。左は室内から庭を眺める風景。向かい合った廊下、ちょっと開いた障子と襖。畳の縁。部屋の配置。そうです、これは同じ部屋を外からと内から描いたものかもしれないのです。では人物がひとりも描かれていないのはどうしてでしょう。あとは想像力を働かせてお楽しみください。
(中山喜一朗)