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No.192

黒田記念室

小袖

平成13年11月27日(火)~平成14年2月3日(日)

 お正月や成人式の晴れ着、卒業式の袴姿、納涼のゆかたなど和服を着た人の姿は、季節感を感じさせ、道で出会うとついつい注目してしまうものです。最近は、和服をちょっとしたおしゃれ着のように楽しむ若い人も増えてきました。さて、和服のことを「きもの」とも呼びます。この「きもの」の原形となるのが、近世の「小袖(こそで)」です。
 小袖は、近世染織の花形です。この展示は、本館が所蔵する旧吉川観方(かんぽう)コレクションの中から選んだ優品を中心に、染めは鮮やか、刺繍(ししゅう)は華やか、織りは豪華な近世の小袖の世界を紹介するものです。


◆「小袖」という言葉

 「振袖(ふりそで)」というと袖の振りの長いきものを指しますが、「小袖」は袖の短いきものを指すわけではありません。今日の「きもの」と呼ばれる衣料全般を指す言葉です。
 「小袖」とは、もともと「大袖(おおそで)」と対をなす言葉でした。平安時代以来の公家(くげ)の装束(しょうぞく)を見ても分かるように、日本の衣服の表着(おもてぎ)は、もともと袖口が大きく開いていて、袂(たもと)が袋になっていませんでした。これを「大袖」と呼ぶのに対し、その下に着るインナーウェアとしての衣服は、袖口が小さかったことから「小袖」と呼ばれるようになったのです。近世以降、袖口が大きく開いた衣服が、公家の男性など、ごく限られた場でしか用いられなくなる一方で、袖口が縫い詰められて袂が袋になった小袖が、表着として一般的になります。そして、衣料全般を指す「きるもの」=小袖形の衣服という感覚が生まれました。このことが、今日、小袖形の衣服を「きもの」と呼ぶ下地になっているのです。
 さて、現在でも、結納(ゆいのう)のときに男性側から女性側に渡される結納金を「小袖料」と呼ぶことがあります。対して、女性側から男性側に渡すものを「袴(はかま)料」といいます。おそらく、「おしたく代」という意味で、結納金のことを、衣服を表す言葉で示すのでしょう。結納の「小袖料」は、「小袖」という語が一般の人々が使う言葉として今日まで命脈を保っている、わずかな例かもしれません。


◆花をまとう


No.3 扇菊松文様振袖


No.4  草花流水文様小袖

 草花は、衣服の意匠として最も一般的なものです。まず花文様をあしらった小袖を見てみましょう。No.3は、身頃(みごろ)の腰から下に菊花、肩には扇に松、笹をくみあわせた文様を配しています。この小袖全体を後ろから見ると、左腰あたりに余白があり、文様全体が大きく逆「C」字形を描いているのが分かります。これは、いわゆる寛文(かんぶん)小袖の流れを引く文様構成です。
 小袖の彩りは、江戸時代の寛文期(1661~1672)にひとつの頂点をきわめます。この頃、それまで武家階級の女性たちの間で好まれていた、地味ながら刺繍などの技法を凝らして豪華に飾られた小袖と、力を持ち始めた町人たちの艶(あで)やかな好みが合わさり、大胆なデザインの小袖が生まれました。文様は、鹿子絞(かのこしぼ)りを中心に刺繍などを加えて大振りに表され、それが、左肩から右裾へ向かって弧を描くように、背面いっぱいに表されます。このような余白を大きくとり、文様のダイナミックな動きを重視した意匠が寛文小袖の特徴です(参考図版参照)。寛文小袖の文様構成は、18世紀以降、No.3のように大人しくなっていきます。それでも、小袖全体を一つの画面のように見立てて、文様を大きく配する感覚は寛文小袖に通じています。いっぽう、18世紀以降は、No.4に見られるように比較的小さな文様の単位を全体に散らしたり、身頃の腰下のみ、あるいは裾(すそ)のみに文様を配する小袖も見られるようになりました。


◆歌をまとう




No.7
文字散風景文様小袖


No.8 御所解文様単衣

 No.7の小袖は、よく見ると袖と身頃の肩あたりに文字が刺繍してあります。後身頃に「春来てはあまのもしほのけふり(煙)まで」、前身頃には「かすミ(霞)のうら(浦)の名にやたつらん」とあります。これは『続新古今和歌集』に載る歌です。友禅染(ゆうぜんぞめ)で繊細に表された文様は、歌の内容にそうような水辺の春景です。小袖の意匠には、このように和歌や漢詩に材料をとったものが多く見られます。いわば、文字文様と絵文様によって衣服の上に文学的情趣を表現しているのです。


◆景色をまとう

 No.8の小袖は、全体を埋め尽くすようとびっしりと松や萩、桜と流水、霞の文様が表され、一つの情景を成しています。このような意匠は御所解(ごしょどき)と呼ばれ、18世紀後半の武家女性の小袖意匠としては典型的なものです。よく見ると、草花の中に、車と蓑笠(みのがさ)が刺繍されています。これは、能の謡曲「通小町(かよいこまち)」に基づくモチーフです。絶世の美女小野小町(おののこまち)に恋した深草小将(ふかくさのしょうしょう)は、百夜通えば想いを受け入れると言われ、闇夜の中を蓑笠姿で彼女のもとへ通い詰めましたが、あと一夜というところで命を落とします。謡曲では、亡霊となった小町の成仏をはばもうと、やはり亡霊となった深草小将がありし日の百夜(ももよ)通いの様を再現します。武家女性の小袖の意匠にも、文学的内容が盛り込まれたものが多く見られるのですが、謡曲に材料をとった文様は、能に親しんでいた武家の女性にふさわしいものと言えるでしょう。
(杉山未菜子)

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