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No.214

考古・民俗展示室

博多の日常

平成14年12月25日(水)~平成15年3月2日(日)

博多の日常


木製の硯(すずり)

 中世の村を発掘していると、茶碗(ちゃわん)や皿(さら)、銭(ぜに)や鍋(なべ)、石碑(せきひ)などいろいろな“腐りにくい”ものが出土します。しかし昔から「日本の家屋は木と紙でできている」と言われるように、当時の生活の中には木や紙などでつくられた“腐りやすい”ものもたくさんあったはずです。つまりそれは木や紙は長い間地中に埋まっていると、微生物によって分解されてしまい、数百年後の発掘調査で発見できないだけなのです。
 けれども、博多遺跡のある場所では木製品がまとまって出土することがあります。それは、いつも水に浸かっていたところです。標高(ひょうこう)低い砂丘に街をつくった博多の人たちは、埋め立て工事を頻繁(ひんぱん)におこないました。土地が低く湿気(しっけ)の多い河川の跡や砂丘の谷などでは、大規模(だいきぼ)で組織的(そしきてき)な工事もおこなわれたようです。このような土木工事の跡から、木製品が大量に出土するのです。出土するものは、小さいものでは下駄(げた)、箸(はし)、曲物(まげもの)、枕(まくら)などの生活用具、大きいものでは家の建築材や船の部材などもあります。木材は軟らかく、加工しやすいこともあり、使う人の好みや癖(くせ)で手が加えられているものも少なくありません。それを使っていた人やその家族が浮かんでくるようであり、当時の人と生活を生々しく、私たちに伝えてくれます。
 展示では、中世の博多で使われた木製の生活用具を中心に、まじないや祈りに使われた遺物もあわせて紹介します。


生活用具


板草履(いたぞうり)の芯(しん)

 中世の生活を知ろうとする時、当時の人々の衣・食・住が描かれている絵巻物(えまきもの)が参考になります。たとえば建物の中の絵からは、板壁(いたかべ)や土壁(つちかべ)などの素材や、建物の部屋割りなどがわかります。また、年中行事の場面からは、当時の生活習慣やその道具の使われ方などがわかります。

 その道具に注目してみますと、食事には曲物(まげもの)、漆塗(うるしぬり)の椀や皿、白木の箸が使われており、生活の中では木でつくられたものが、もっとも身近な素材であったことが絵巻物からもわかります。また足元を見ますと、通りを歩いている人でも多くははきものを履かず、裸足です。通常、村での生活では、家の中は土間(どま)だけであり、足が汚れても何の問題もなかったのです。しかし、博多などの都市の家では板間(いたま)がつくられていました。

土間よりも一段高くつくられた清潔感(せいけつかん)のある板間を、屋外を歩いて汚れた足でそのまま上がれば、板間が汚れることになります。さらに雨天や雨後などは、その汚れ方は一層はなはだしいものになったことでしょう。こうした事を避けるために、博多に住む人たちは日常的に下駄を履くようになりました。下駄は江戸時代の初めまでは、足駄(あしだ)とよばれていました。造り方の違うものが何種類かあり、大きさも十数センチの小さな子供用のものから、二五センチを越える成人男性用のものまであります。板草履は板金剛ともよばれるもので、その芯はつま先の部分に小さな孔をあけ、側辺に二箇所の切り込みを入れた薄板で、左右二枚で片足分です。出土時に植物繊維(せんい)が付着しているものがあり、板にワラや麻などを編み込むための芯(しん)として使われたことがわかります。


あそび


瓦玉(かわらだま)

  子供のあそびには、道具を使わないものもあったと思いますが、遺物として毬杖(ぎっちょう)の玉、陶磁器(とうじき)の底を加工してつくった瓦玉(かわらだま)、独楽(こま)、羽子板、木製とんぼ、双六(すごろく)の駒(こま)とさいころ、将棋(しょうぎ)の駒などが出土しています。毬杖とは毬打とも書かれ、木片を棒で打って飛ばし、相手がそれを打ち返すあそびです。独楽や羽子板と同じく、正月のあそびとして知られていたようです。ただし、正月行事としてのあそびは、日常のあそびとは異なります。独楽は「胡魔」、羽子板の別称「こぎいた」は胡鬼板、毬杖も中国では鬼神祓(きしんはら)えの故事につながると言われており、純粋(じゅんすい)に子供のあそびというよりは、まじないなどの要素が強いものだったと言われています。
博多の遺物でよくみられるものに瓦玉があります。陶磁器の碗の底を再加工してつくった玉です。具体的にどのようにして遊んだのかは、わかっていませんが、丸くなるように打ち欠いていて、玉どうしをぶつけたようでもないので、毬杖と同じように使われたと考えられます。博多は大陸や朝鮮半島から多くの陶磁器が陸揚げされました。輸送時に割れて使えなくなったものや、豪商の家で使っていたお碗が割れてすてたものを使ったのでしょう。でも、もしこの玉を杖で打って飛ばしてあそんでいたのなら、頭などに当たったら大変なことになったでしょう。


もうひとつの日常 まじない・祈り


呪符(じゅふ)
(急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう))

 今でも、楽しみにしている遠足の前日に雨が降っていると、テルテル坊主を軒(のき)につるして、天気が良くなりますようにとお願いしたりします。中世ではこのようなことを、今よりももっと身近なこととして行っていたと思います。現在のように病気や気象現象が科学的に理解されていない時代では、身の回りで起きる悪いことすべてが鬼や悪霊の仕業(しわざ)だと考えていたからです。そして、人々はまじないや祈ることで病(やまい)や災難(さいなん)から逃れようとしました。たとえば、家族が死ぬと、一定期間屋内にこもって身を慎(つつし)み、酒や五辛(ごしん)(にんにく・ねぎ・にら・あさつき・らっきょう)、肉類などを断ち、その間物忌札(ものいみふだ)をたてて物忌みを表示する習慣が、中世には一般的に広がりました。この習慣は、もともと公家の社会でおこなわれていたもので、札に書かれた呪文には特別の霊力がこもるとされ、悪霊を退けると考えられていました。
遺跡からはこのような呪符(じゅふ)以外に、人形(ひとがた)、刀形や舟形、土器に顔を墨(すみ)書きしたものなど、まじないや祈りで使われたものが出土します。このようなまじないや祈りなどは、日常生活とは別のもののように思われますが、当時の人々の日常的な精神活動であり、現在の我々が思うほど特別なことではないのかもしれません。

(加藤隆也)

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