平成27年12月8日(火)~平成28年2月14日(日)
博物館の天井
■グランドホールの天井
福岡市博物館を訪れると、アーチ天井を冠した広々としたエントランスが、強く印象に残ります。このエントランスを、博物館では「グランドホール」と名付けています。天井には模様がついています。その文様の一部は、博多が誇る伝統工芸「博多織(はかたおり)」の「献上柄(けんじょうがら)」です。献上柄とは、仏具の「独鈷(とっこ)」と「華皿」をモチーフにしたと言われる幾何的な連続文様と縞文様から構成される意匠で、福岡藩主・黒田家から幕府へ献上品されたことに由来します。すっきりとしたなかに雅さを感じさせる献上柄は、織物の文様のみならず、博多の土地柄に見られる「伝統」や「洗練」を象徴するデザインとして、福岡市営地下鉄の博多駅のシンボルマークを始め、さまざまなところに使用されているのを見ることができます。福岡市タクシー協会と博多織協同組合により企画された「プレミアムタクシー」の車輌にも、献上柄の意匠があしらわれ、都市の風景を彩っています。おっと、忘れてはなりません。博物館で目にする「献上柄」は、グランドホールの天井だけではありません。実は、平成22年から刊行がはじまった「新修 福岡市史」を紹介するリーフレットのシリーズ。ここでもデザインの核として「献上柄」が用いられています。時間と人の営みが織り成す歴史の綾を「献上柄」に込めています。
「新修 福岡市史」のリーフレット
■秘密の博物館
福岡市博物館が、開館以来、平成27年度12月の時点で、累計186件の展覧会を開催しています。その中で、1つだけ、同一タイトルで毎年開催している展覧会があります。「ふくおかの歴史とくらし」展です。これは、博物館が収集した資料のお披露目の展覧会で、「第○○回 新収蔵品展」というサブタイトルと、かならずセットになっています。
福岡市博物館の収集資料は、たいへん多様で、かつ多量です。歴史に名をなした人が地位の証(あかし)として所有していた豪華で立派なものから、日々の暮らしをひたむきに生きた、名も知れない人びとの身近な品まで、多元的な価値体系にのっとって資料の収集を進めています。また、市民の方々からの寄贈が多くを占めるのも特徴的です。長い時間、さまざまな人の手を経て、博物館に集まってくる資料の数は、1年で何千件にも上ります。それらの博物館資料を、収集年度毎に、2カ年をかけて整理し、目録化したのち、市民にひろく公開するのが「ふくおかの歴史とくらし」展です。今年度は、12月22日から平成28年1月31日まで開催され、第27回目を数えます。
―ん?開館25周年を迎えた博物館の新収蔵品展が第27回とは…?
福岡市立歴史資料館(現在の赤煉瓦文化館)
資料寄贈者の皆さんと 昭和60年(1985) 9月
それは、博物館が、シーサイドももちの地でスタートする前から、資料の収集を始めており、また、「ふくおかの歴史とくらし」というタイトルでの新収蔵品展を開催していたからです。第1回の新収蔵品展は、今からちょうど30年前の昭和60(1985)年9月19日から11月17日(前期:初日~10月20日、後期:10月24日~最終日)まででした。この2年前の昭和58年、博物館開設準備室を設置し資料の収集がスタートした年の収集資料1778件3138点のうち、寄贈・寄託資料から120点(前期に展示)、購入資料から100点(後期に展示)、代表的な資料を選び出し、天神の福岡市立歴史資料館(現在の赤煉瓦文化館)の2階展示室において、市民にお披露目(ひろめ)したのです。
福岡市博物館が、現在の場所に建設されることがほぼ確定したのは、この年の11月12日。よって、初めての「ふくおかの歴史とくらし」展のオープン直後は、新しい博物館が、どんな建物で、どこに建つのか、誰も知りませんでした。まさに「秘密の博物館」だったのです。
当時の新聞を見ると、建設計画が宙ぶらりんになっているので、「とりあえず」公開しはじめた、という論調で報じる記事も目にします。たとえば、『フクニチ新聞』 昭和60年9月11日号には、「建設計画のめどがつかないまま、どんどん増える福岡市の博物館資料。その収集では個人などからの寄贈に大きく依存していることもあり、福岡市ではとりあえず収集年度分ごとに収蔵品を一般公開していく方針を決め」とあります。
しかし、急拵え(きゅうごしらえ)のように見えた、2年の整理期間を経ての収集資料のお披露目展示、および、感謝状贈呈式というセレモニーを挙行し、資料を寄贈・寄託いただいた方々と晴れやかなひとときを過ごすという一連の流れをもった活動は、開館25年を経ても「ふくおかの歴史とくらし」というタイトルとともに、博物館の柱として継承され、現在に至っています。ちなみに、新収蔵品展を開催しなかった年は、「よかトピア」が開催された平成元年、秋に博物館が開館した平成2年、開館直後の平成3年、空調設備の更新工事のために11月から年度末まで一時休館した平成23年です。
開館10周年を記念して刊行した
「福岡市博物館名品図録」
■博物館の「名品」の秘密にせまる
福岡市博物館が、平成12年に10周年を迎えたときは、記念事業として、「福岡市博物館名品図録」を刊行しました(現在は絶版です。すいません!)。同図録の表紙にも、ちょっとした秘密があります。横書きタイトルの「名」の字を赤い四角形の中にいれ、「冥」、「銘」、「謎」、「明」、「酩」、「迷」といった「メイ」の音を持つ漢字を、「名」と縦位置をそろえて、ならべています。これは、博物館の収集資料のうち、「名品」の名品たる所以がいかにバラエティーに富むかを表すために考え出されたデザインです。このうち「冥」の字は、たとえば、古こ墳ふんの副葬品や幽霊画など、博物館の扱う文化財には、人の死後の世界、すなわち「冥界」にかかわるものが少なくないことを示しています。
では「酩」の字があるのは―?「お酒に酔う」ことに関わる名品といえば、ご存じ、大身槍(おおみやり)名物(めいぶつ)「日に本ほん号ごう」です。黒田官兵衛の家臣・母里太兵衛友信(1556~1615)が、大盃の酒を呑みほすことで、福島正則からこの見事な槍を手に入れたという逸話は、あまりにも有名です。貝原益軒(1630~1714)の「黒田家臣伝」に著された、この逸話が世間にひろく広まったのは、福岡藩士たちが愛唱したと伝わる「筑前今様(ちくぜんいまよう)」が昭和3(1928)年、民謡「黒田節(くろだぶし)」としてラジオで全国放送されたことによると言われています。
(杉山未菜子)