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No.023

歴史展示室

元寇防塁展

平成3年11月19日(火)~平成4年1月19日(日)

展示資料リスト(期間中一部展示替をします)
 資料名時代所蔵
 1木碇=西区唐泊(からどまり)の海底出土の碇石(室中央)~南北朝時代福岡市埋蔵文化財センター
防塁の調査研究
 1山田安栄『伏敵編』明治24(1891)年刊館蔵
 2史蹟現地講演会編「元寇史蹟の新研究」大正4(1915)年刊福岡市民図書館
 3大正2(1913)年 今津長浜の防塁発掘(写真パネル) 『元寇史蹟の新研究』所収
 4川上市太郎『元寇史蹟』(地之巻)(『福岡県史蹟名勝天然記念物調査報告書』14)昭和16(1941)年刊館蔵
 5相田二郎『蒙古襲来の研究』昭和33(1958)年刊館蔵
 6福岡市教育委員会編『生の松原元寇防塁発掘調査概報』昭和43(1968)年刊内田文庫(館蔵)
 7同『今津元寇防塁発掘調査概報』昭和44(1969)年刊
 8同『西新元寇防塁発掘調査概報』昭和45(1970)年刊
 9昭和四三(1968)年 今津長浜の防塁発掘(写真パネル) 福岡市埋蔵文化財センター
10川添昭二『注釈 元寇防塁編年史料-異国警固番役史料の研究-』昭和46(1971)年刊館蔵
防塁の築造方法
1 博多湾の香椎(かしい)から今津(いまづ)まで、海岸の砂丘上に1列に築かれた
 1蒙古襲来絵詞永仁元(1293)年より製作原資料 宮内庁
 2八幡愚童訓(はちまんぐどうくん)1300年代製作原資料 京都府・石清水八幡宮
2 九州各国の分担で、半年で築かれた
 3少弐経資(つねすけ)石築地役催促状(さいそくじょう)建治2(1276)年3月10日原資料 佐賀市・深江チエ氏
3 石材・粘土は近くの山から持ってきた
 4今津長浜(毘沙門山・津舟崎)(写真パネル)  
 5生の松原(小戸(おど)・長垂山(ながたれやま))(写真パネル)  
 6西新(祖原(そはら)山)(写真パネル)  
4 一定区間を分担し、同時進行的に築かれた
 7今津長浜の防塁接合部(写真パネル)  
 8今津長浜の防塁(写真パネル)  
 9生の松原の防塁接合部(写真パネル)  
10玄武(げんぶ)岩・花崗(かこう)岩・砂(さ)岩  
5 西新(にしじん)の防塁では粘土で基盤工事をし、中に粘土と砂を交互に積んでいた
11西新の防塁断面(写真と構造図) 福岡市埋蔵文化財センター
6 現在、博多・香椎では防塁が見つかっていない
12聖福寺古図(しょうふくじこず)永禄元(1558)年以前の製作原資料 福岡市・聖福寺
13博多区古門戸(こもんど)町出土の石積み遺構(写真パネル)鎌倉~南北朝時代福岡市教育委員会埋蔵文化財課
7 加佐(かさ)・高(たか)など意味不明の工事用語がある
14少弐貞経施行状(さだつねしぎょうじょう)(「榊文書」写)正和5(1316)年2月12日個人蔵
15生の松原の二列の石積み(写真パネル)  
8 室見(むろみ)川・多々良(たたら)川の河口には乱杭(らんぐい)・切立(きりたて)が打たれた
16少弐浄恵(経資)書下(かきくだし)弘安10年3月29日前原町・中村令三郎氏
9 修理は60年余りも続けられた
17他宝坊願文(がんもん)永仁元(1293)年8月15日前原町・中村令三郎氏
18今津出土の脚付土鍋・土鍋南北朝時代福岡市埋蔵文化財センター
19足利尊氏御判御教書(ごはんみぎょうしょ)(写真パネル)康永元(1342)年5月3日柳川市・(株)「御花」(柳川古文書館保管)
10 江戸時代には埋没・破壊されていた
20筑前国続風土記元禄16(1703)年館蔵
21石城志(せきじょうし)明和2(1765)年館蔵

休館日

開館時間
午前9時30分~午後5時30分
(入館は午後5時まで)
※7月20日(土)~8月25日(日)の金、土、日と8月12日(月祝)~8月15日(木)は午後8時まで(入館は午後7時30分まで)
休館日
月曜日(月曜が祝休日にあたる場合は翌平日)、12月28日~1月4日
※ゴールデンウィーク(4月28日(日)~5月6日(月・振休))と、お盆の週(8月11日(日)~8月18日(日))は休まず開館します。
pressrelease

Facata(博物館だより)

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