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No.135

黒田記念室

幕末の文化人展1-大隈言道とその周辺-

平成10年10月27日(火)~12月20日(日)

大隈言道像(部分)
大隈言道像(部分)

○大隈言道(おおくまことみち)と和歌

 江戸時代後期を代表する歌人大隈言道は寛政10(1798)年薬院村(やくいんむら)(現福岡市中央区薬院)の商家の次男として生まれ、7才の頃より書や和歌を学んだ。長じて家業を弟に譲り、和歌の道に専念することになった。

 さて、当時和歌の世界では、主に花鳥風月を題材にする古風な歌が高く評価されていた。それに対し、言道は「吾(われ)は天保(てんぽう)の民なり、古人にはあらず」と当代の世相に相応(ふさわ)しい、生活に密着した歌を詠むことを提唱した。例えば、次のような歌がある。

徒(いたずら)に わが身フルゴロオトガラス 水に虫ある 事も知らずて

 フルゴロオトガラスとは顕微鏡のことで、言道は当事国内ではまだよく知られていなかった外来語を採り入れて歌を詠んでいるのである。このような歌風は実に様々な交遊関係から生まれたものであった。


大隈言道関係年表
年代年齢事跡
寛政10(1798)年0才福岡薬院村(現福岡市中央区薬院)の商家に生まれる
文化2(1805)年7才この頃より二川相近に書と歌を学ぶ
天保3(1832)年34才野村望東尼が夫と共に言道に入門する
天保7(1836)年38才商家の家業を弟に譲り、今泉(現福岡市中央区今泉)の「ささのや」と名づけた家に隠居する
天保10(1839)年41才日田の広瀬淡窓の「咸宜園(かんぎえん)」に入門する
天保13(1842)年44才広瀬淡窓、「ささのや」の言道を訪問する
弘化元(1844)年46才歌論書「ひとりごち」なる
安政4(1857)年59才大坂に行く
文久元(1861)年63才野村望東尼、大坂の言道を訪れる
文久3(1863)年65才「草径集」なる。野村望東尼の「向陵集」の序文を書く
慶応3(1867)年69才大坂より帰福す
慶応4(1868)年70才「さきのや」にて死す
和歌「なでしこの歌」
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土筆帖
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