平成13年7月17日(火)~平成13年9月24日(月・祝)
女面さまざま
小面(No.1)と若女(わかおんな)(No.2)は、ともに若い女性をあらわします。ふっくらとした頬(ほほ)と上がり気味の口元(くちもと)を持つ小面は、可憐(かれん)さと初々(ういうい)しさをそなえますが、若女は、そこに理知と色気が加わっています。目尻の下がった近江女(おうみおんな)(No.3)は、若女よりも親しみのある色気を持つ面です。深井(ふかい)(No.4)と曲見(しゃくみ)(No.5)は、ともに中年の女性ですが、頬のこけた曲見のほうが愁(うれ)いがまさっています。生き別れになった子を探す母の役として狂女物に用いられます(『隅田川(すみだがわ)』、『桜川(さくらがわ)』など)。喜とも哀ともつかない表情の姥(うば)(No.6)は、現実の老女だけではなく神の化身にも用いる面です(『高砂(たかさご)』)。
No.1 小面 (こおもて) |
No.2 若女 (わかおんな) |
No.3 近江女 (おうみおんな) |
No.4 深井 (ふかい) |
No.5 曲見 (しゃくみ) |
修羅の女、霊(りょう)の女
女面には、現身の女性ではなく、もっぱら、超人的、霊的な存在にあてられるものがあります。いずれも、美しさの中に凄(すご)みを湛(たた)えています。十寸神(ますかみ)(No.7)は、修羅物唯一の女役で、木曽義仲(きそよしなか)に仕えて凄絶に戦った巴御前(ともえごぜん)の霊のほか(『巴』)、天照大神(あまてらすおおみかみ)など女神にも用いられます(『絵馬(えま)』)。目元(めもと)に金泥(きんでい)をほどこした「泥眼(でいがん)」(No.8)は、嫉妬のあまり生霊(いきりょう)となった女性のほか(『葵上(あおいのうえ)』など)、龍女や菩薩(ぼさつ)など女姿の超人的な存在にも用いる面です(『海士(あま)』、『当麻(たえま)』)。痩女(やせおんな)(No.9)は死霊の面で、死してなお夫への思慕(しぼ)の念にかられる女性の役(『砧(きぬた)』など)、山姥(No.9)は『山姥(やまんば)』専用の面で、山の精霊としての性格をそなえています。
No.6 姥(うば) |
No.7 十寸髪(ますかみ) |
No.8 泥眼(でいがん) |
No.9 山姥(やまんば) |
鬼と化す女
ひたいの角、金色に光る眼、牙(きば)をむいた口を持つ異形(いぎょう)の般若は、嫉妬にさいなまされる女性の怒りと哀しみの極限を形にあらわしたものです。赤味を帯びた般若(No.13)は、『道成寺(どうじょうじ)』の、恋い慕う男を死ぬまで追いつめたすえに怨霊(おんりょう)となった女にふさわしいとされます。『道成寺』は、「般若」よりもさらに憤怒(ふんぬ)の相がきわまった真蛇(しんじゃ)(No.14)の面をかけて演じられることがあります。生成(なまなり)(No.10)は、「般若」を「中成(ちゅうなり)」、「蛇(じゃ)」を「本成(ほんなり)」とも呼ぶことに由来する名称で、般若よりも未練の情のまさった面です。夫に裏切られ、生きながら鬼と化していった女性をあらわします(『鉄輪(かなわ)』)。安達女(あだちおんな)(No.12)は、般若の一種ですが、『黒塚/安達原』の人を喰(く)らう鬼女の専用面です。これらの般若面に打ち込まれた業(ごう)を背負った女の哀しみは、表面の怖しさを超え、見る者に迫ってきます。
(杉山未菜子)
No.10 痩女(やせおんな) |
No11 生成(なまなり) |
No.12 安達女(あだちおんな) |
No.13 般若(はんにゃ) |