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No.255

黒田記念室

染織シリーズ2 小袖ぎれ精華

平成17年1月18日(火)~3月21日(月・祝)

◆ 「小袖裂」を伝えた人々

  江戸時代、町方の富裕層の女性や身分の高い女性がまとっていた小袖には、刺繍(ししゅう)、絞(しぼり)、友禅染(ゆうぜんぞめ)などの技巧を駆使した美しい文様が表されていました。とりわけ町方女性の小袖においては、流行がめまぐるしく変化し、多彩な意匠が展開しました。
  さて、明治維新後、それまで人々の生活を彩っていた様々な道具や寺社の什物(じゅうもつ)が、いったん「用無し」と見なされ、後から「古美術品」として再認識されたことは、よく知られています。そうした流れの中でも、染織品の価値が再認識されるのは、茶道具や仏像や書画に比べてずいぶん遅れていたようです。とりわけ多くの人が洋服よりキモノを着ていた時代においては、江戸時代の町方女性の小袖は、いかに贅沢(ぜいたく)で目に鮮(あざ)やかなものであっても、ある種の日常卑近(ひきん)さを免(まぬが)れ得ず、美的な観賞の対象として新しい眼差(まなざ)しを向ける人が少なかったことは想像に難くありません。
  「きれいだけれど、時代遅れで、着るに着れない古着」だった江戸時代の小袖を、いち早く美術品として捉(とら)えた一人に、京都の古美術商・野村正治郎(のむらしょうじろう)(1879~1943)がいます。野村は、呉服(ごふく)屋出身で外国人相手に東洋趣味の小物を商(あきな)っていた母親の影響を受け、少年時代から小袖に魅了され、大正時代以降、精力的に小袖を収集した人物です。そして、おそらくは観賞されるモノとしての「小袖裂」を成立させたのも彼だったのではないかと思われます。
  江戸時代には、女性が亡くなると、供養のために愛用していた小袖を打敷(うちしき)や幡(ばん)といった仏具に仕立て直して寺に奉納することがありました。野村は、そういった小袖直しの仏具も積極的に収集しました。西陣(にしじん)で仏具を新調し、それを携(たずさ)えて寺に行って小袖直しの仏具と交換してもらうこともあったそうです。そうして集めた打敷などを引き解いて、小袖の形に復元しましたが、仕立て直しに至らない裂地でも、袖の形に窓を開けた台紙に貼って伝存を図ったのです。また、近世初期風俗画にある「誰(た)が袖屏風(そでびょうぶ)」にヒントを得て、衣桁(いこう)に掛かった小袖の形に裂地を切り整えて屏風に貼り込んだ「小袖屏風」も考案しました。そうして、例え断片からでも、女性の身を美しく包んでいた小袖の有り様を印象づけようとしたのです。



21 小袖幕屏風

  さて、当館が所蔵する小袖裂のほとんどは、京都の風俗研究家であり日本画家であった吉川観方(よしかわかんぽう)(1894~1979)が集めたものです。吉川観方もまた、江戸時代の装(よそお)いの美しさを後世に伝えるために尽力した一人であり、野村正治郎とも親交がありました。舞台や映画の時代考証などを仕事にしていた観方には野村のような資本力は無かったはずですが、骨董(こっとう)市や小さな古物商に丹念に足を運び、小袖や小袖直しの仏具などを大量に集めました。観方コレクションの中には、明らかに別の物に仕立て直された裂地から復元した小袖が含まれています。そして、復元に至らない小袖の裂を台紙貼にして、やはり大切に保存していたのです。観方の小袖裂は、野村正治郎の手元にあったものに比べれば、必ずしも良好な状態のものばかりとは言えません。褪色(たいしょく)著しかったり、汚れがあったりします。しかし、その一枚、一枚を手にとるとき、彼の頭の中には贅(ぜい)をこらした一領の美しい小袖が明確にイメージされていたものと思われます(実際に、長さ90センチほどの小袖裂から、江戸時代の衣装を再現する仕事もしています)。
  最近、「アンティーク・キモノ」や「古裂(こぎれ)」が、たいそうな人気です。大正時代のキモノをお洒落着として着こなしたり、古い縮緬裂(ちりめんぎれ)で愛らしい小物をこさえて、母、その母、そのまた母の世代が楽しんだ絹の肌触りを共有しようという人が増えています。この江戸時代の小袖裂の展示でも、江戸時代の女性の心をときめかせた衣装美の世界に共感していだければ幸いです。
(杉山未菜子)

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