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No.303

歴史展示室

福岡のばけもの

平成19年7月24日(火)~9月17日(月祝)

2、信仰されるばけもの

4、龍宮寺に一緒に伝わる人魚の図
長さは81間(約150m)だったと記す

人魚発見の図
6、筑前名所図絵より

 かつて、人々は自然界で起こる地震や雷や台風などの様々な天変地異を、鬼や龍や天狗などの仕業と考えました。そのため、自分たちの力を遙かに超える彼らの存在はときに畏敬(いけい)の対象ともなりました。しかし、彼らが生きて動いている姿を見た者は誰もいません。そこで、彼らの角や牙(きば)や骨、そして時にはミイラが各地の寺社に伝えられ、その力にあやかろうという人々の信仰を集めました。
 福岡で特に著名なものは博多の龍宮寺に伝わる「人魚の骨」です。同寺はかつてはもっと海に近い側にあり、「浮御堂(うきみどう)」と呼ばれていました。寺伝では、貞応(じょうおう)元(1222)年に人魚が捕まり、それ以後現在の寺名になったとされています。江戸時代後期に編まれた地誌「筑前国続風土記拾遺(ちくぜんのくにぞくふどきしゅうい)」には、安永(あんえい)年間(1772~81)に境内の地中からあやしい枯骨(かれほね)が掘り出されたとあります。これは現在お寺に伝わっている骨のことを指しているのではないかと考えられます。人魚は、八百比丘尼(はっぴゃくびくに)の話でも知られているように、その肉を食べると800歳まで生きることが出来るという伝説があります。かつて龍宮寺では水を入れた盥(たらい)の中にこの骨を浮かべ、その水を長寿を願う人々に振る舞っていたということです。
 また、これは福岡に限ったことではありませんが、甲冑(かっちゅう)や武具のデザインに鬼や龍を用いることも、信仰のひとつの表れと言えるでしょう。人知を越えた能力を持つ彼らと一心同体になることで、自分にはない大きな力を得ようとしていたのかも知れません。


3、けものとばけもの

 一方、日常で起きるちょっとした不思議な出来事については、多くの場合、狐や狸といった身近にいる動物の仕業ということで納得していたようです。狸に化(ば)かされたとか、狐が憑(つ)いたといった言葉は何十年か前には実際に日常でも使われていたのではないでしょうか。
 こういった獣(けもの)が関わったばけもの話として福岡に伝わっているものには、上座郡阿弥陀ヶ峰(あみだがみね)の老狸と宗像郡本木の怪獣がよく知られています。
 前者は阿弥陀如来(あみだにょらい)に化けて人々を脅かし、挙げ句の果てに生(い)け贄(にえ)まで求めるようになった狸の話です。貝原益軒(かいばらえきけん)は「筑前国続風土記(ちくぜんのくにぞくふどき)」の中で、「宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)」に似た話があると指摘しているので、全国的に広まっていた話のようです。この狸は最後は猟師に矢で射抜かれて退治されました。この出来事は「ブロッケンの妖怪」、日本的に言えば「御来迎(ごらいごう)」のことであったと考えられます。
 後者の本木の怪獣は、事件が江戸時代中期に起きたということもあり、絵巻や記録も数多く伝わっている話です。この怪獣は1匹ではなく大勢で屋敷を襲い、村人を悩ませました。途中、福岡藩士も加勢にやってきますが埒(らち)が明かず、最終的には三代藩主黒田光之(くろだみつゆき)が遣わした犬によって怪獣の大将が退治されました。
 いずれの話も事件後に山の中や屋敷の縁の下から獣の死体が発見されているのが共通している特徴です。丁度いいタイミングで獣の死体が発見されたと言えばそれまでですが、あの不思議な出来事はこの獣の仕業に違いない、という思考の流れが当時一般的にあった、ということが指摘できるでしょう。


阿弥陀ヶ峰の老狸
15、筑前名所図絵より
青年に化け女性を誘う怪獣(右)
15、筑前名所図絵より
 
犬に倒される怪獣の大将
9、化物退治図絵より
本木の怪獣として恐れられた老狸
9、筑前国宗像本木村化物退治図絵より
怪獣の頭骨とされるもの
12、本木村化物次第書より

4、自然科学とばけもの

 江戸時代後期になると、西洋の進んだ学問が長崎を経由して日本に伝わります。福岡藩に関して言えば、佐賀藩と共に長崎警備を担当していたこともあり、全国的にも西洋への関心が高い地域の一つでした。このことは少なからずばけものに対する人々の考え方に影響を及ぼします。
 蘭癖大名(らんぺきだいみょう)の一人に数えられた福岡藩10代藩主斉清(なりきよ)が長崎オランダ商館医師シーボルトと交わした問答集「下問雑載(かもんざっさい)」には、当時のばけもの観が窺える記事があります。
 文化10(1813)年に筑前国御笠(みかさ)郡山家(やまえ)宿で「だつ」というばけものが家々を荒らし回りますが、この足跡を見た斉清は、その正体はオランウータンではないかと推察します。しかし、シーボルトはオランウータンはボルネオにしかいないはずだとして、斉清の意見を否定します。結局、正体は分からずしまいでしたが、得体の知れないばけものに対して、ここでは身近にいる狐や狸や猿などではなく、舶来(はくらい)の動物を想定している点に江戸時代後期の特徴を見ることが出来ます。


おわりに

 このように、ばけものと人々との関係を見ていくと、信仰の対象であったり、人々の生活を脅かす存在であったり、学問的な関心の対象であったり、時代や場面によって様々な変化があったことが分かります。これは同時にばけものの多様性を象徴していたと言えるでしょう。
 ところが、明治時代以降になると、自然科学の発達と共に、ばけものは徐々にその正体が暴かれ姿を消していきました。
 なぜ彼らは存在した(人々に必要とされた)のでしょうか。この問題をじっくりと考えてみると、その時代のまた違った一面が覗(のぞ)けるような気がします。
(宮野弘樹)

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