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No.387

考古・民俗展示室

身振(みぶり) ―都会と田舎のしぐさ―

平成23年5月31日(火)~ 7月18日(月・祝)

3、米作りが伝える身振
 現代の機械化された農業でも、西洋的な身のこなしでは、どうにもならない部分があります。鍬(くわ)で溝を掘るには、身体を捻るとまっすぐ掘れないし、ぬかるんだ田では、身体を捻って踵から踏み込むと後ろ向きにころんでしまいます。水田では、自然と手と足は同じ方向に出しての作業になります。永禄(えいろく)6(1563)年に来日した宣教師フロイスは、日本人の歩き方を見て、「われわれの間では足を全部つけて歩く。日本では、足の半分の履物の上で足の先だけ歩く」と『日欧文化比較』の中に記しています。この履物こそ、足半(あしなか)です。台部が足の中程までしかない履物で、草履や下駄とは鼻緒(はなお)の位置が違います。履くと、指先は台部から出て地面をしっかりとつかむことができ、しかも脱げにくい。靴で踵から水田に入ると、靴は脱げ、足は抜けなくなります。だから今でも脱げにくく親指が自由になる水足袋(みずたび)が使われます。膝を曲げて足先から踏み込む身振を現在にまで保存している場が田ということにもなるわけです。
 しかし、足半が使われたのは、農耕だけに限りません。山仕事や漁労(ぎょろう)は言うに及ばず、武士の戦(いくさ)にまで使われていたことが鎌倉時代の『蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)』でわかります。相撲のように力強く地面をつかみ、極力倒れることを避ける身体、これが私たちの原初的な身振だったことになります。
 庶民の座り方にも触れておきます。日本人の座法は正座(せいざ)であると言われています。しかし、江戸時代前期の絵画を見ると、立て膝をして座っている姿が多いことに気づきます。今では不躾(ぶしつけ)なしぐさとなっている立て膝は、かつてはそうではなかったわけです。農作業等では、この座法が効率的で一般的だったのです。正座という言葉自体も新しく、居ずまいをただす精神論から明治時代以降に使われるようになったようです。それまでは「端座(たんざ)」と言っていました。


4、都会をそぞろ歩く
 桃山時代の『洛中洛外図屏風(らくちゅうらくがいずびょうぶ)』には、都をそぞろ歩く人々が描かれています。かつて都会の履物は下駄と草履でした。江戸ではポックリ、上方ではオコボと言われた女性用の下駄では、台前部が斜めに切ってあり、それを「ノメリ」と呼びました。すなわち、膝を曲げて前に体重をかけ前ノメリになればポックポックという音とともに自然に歩みが始まるのです。ノメリのない高下駄(たかげた)でも、歯が中心よりやや後にあり、同様に歩けました。また、草履の底に皮を貼った雪駄(せった)という履物もありました。これはノメリがありませんから、ひたすら摺り足になります。江戸時代後期には、裏底の後の方に「尻鉄(しりがね)」という鋲(びょう)を打つのが流行して、歩くときにするチャラチャラという音がおしゃれとされました。また、女性用の下駄には、「ひきずり下駄」というものもあり、摺る音をわざと出すことが私たちの歩き方の粋(いき)だったことが分かります。
 しかし、西洋では靴を引きずる音は不作法となります。私たちは靴を履くようになっても足を引きずることがあり、学校教育で矯正されたはずの私たちの身体の中に過去の日本人が住んでいる瞬間に出逢うことがあります。天神地下街をウインドーショッピングする時の歩みは、気づいてみれば、現在の私たちでも不思議とひと昔前の身振でそぞろ歩いているということかもしれません。


博多祇園山笠巡行図屏風(山笠部分)
博多祇園山笠巡行図屏風(山笠部分)
山笠を舁く
山笠を舁く
手一本
手一本

5、山笠が誘(いざな)ういにしえの身振
 700年以上の伝統を持つ博多祇園山笠。この祭りでは大勢で一つの「つくりもの」山笠を舁(か)き町中を走ります。その際、舁き手たちは、身体をまっすぐに保って手を振らずに走ります。大集団の中で手を振り走ると後の舁き手に当たり危険だからだと説明されていますが、果たしてそうでしょうか。多人数で山笠を舁くとき、上体を捻ると、山笠が横揺れして不安定になり、速度も遅くなります。舁き手の話では、担ぐ肩が赤くなるのは、うまく山笠を舁けなかった証拠だ、と言います。上体を捻るから、肩が棒でこすれて赤くなるのです。とすると、この山笠に係わる身のこなしも、上体を捻らず手を振らない歩み、すなわちナンバということになります。この身振こそ、物を力強く持ち上げ運ぶことができた、かつての日本人の動きそのものと言えるでしょう。
 最後に、山笠では「手一本(ていっぽん)」という手打ちをしますが、これは手締めではないといいます。人々が出逢ったときにも手一本が入る慣(なら)わしだからです。いにしえの日本人の挨拶に拍手(はくしゅ)がありましたが、手一本はこのしぐさを現代に継承していると言えるように思います。こうしてみると、博多祇園山笠という祭りは、私たちを伝統的身振へと誘う場であるということができるでしょう。
(福間裕爾)

休館日

開館時間
午前9時30分~午後5時30分
(入館は午後5時まで)
休館日
毎週月曜日
※月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館
※年末年始の休館日は12月28日から1月4日まで
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