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No.393

美術・工芸展示室

中山平次郎(なかやまへいじろう)と古鏡(こきょう)の世界

平成23年8月2日(火)~ 9月19日(月・祝)

写真2.須玖岡本出土重圏葉文鏡
写真2.須玖岡本出土重圏葉文鏡

第4章 須玖岡本遺跡の鏡 ―古鏡に古代日本をみる―
(昭和2~5年・中山56~59歳)

 大正10年を境に古鏡研究を中断した中山博士でしたが、須玖岡本遺跡の危機に際して古鏡研究を再開しました。
 須玖岡本遺跡の危機は、昭和2年6月上旬、たまたま同遺跡を訪れた中山博士が王墓の大石が移転していることに気づき発覚しました。須玖岡本遺跡(王墓)は明治32年初夏、住宅建築のために財宝伝説のあった大石下を地元住民が発掘したことによって発見されます。祟りを恐れた住民は屋敷地内の別場所に出土品を収めたレンガ郭(かく)を設け、その上に前と同じように大石を設置して手厚く保存していました。しかし、昭和に入って地主が変わったことで大石は移転し、レンガ郭は取り壊され、中にあった遺物は回収されることなく桑畑にされてしまいました。中山博士はこの桑畑に足繁く通い、残された鏡片を採集し続けました。やがてその採集方法も単純に畑の表面に見える鏡片を拾うという方法から、手鍬で50数㎝掘り返して土中の鏡片を採集するという積極的な方法へと変化しました。
 この時の様子を地元の人間は「中山先生でしたら多い時は1週に1度は見えました。非常に熱心なお方で何もかも掻(か)き集めて行かれます。子供等は皆顔馴染(みなかおなじみ)です」と語っています。
 中山博士は鏡片の採集結果を逐次学会に報告していきます。その鏡片数は177点に達し、須玖岡本遺跡(王墓)の副葬鏡を17種33~35面以上と復元しました。この出土数は江戸時代に多くの前漢鏡が甕棺から発掘されたという記録の残る三雲(みくも)遺跡(糸島市三雲)とほぼ同数であり、当時日本で知られていた古鏡出土遺跡の中で最多といえるものです。
 中山博士は須玖岡本遺跡の古鏡研究の結論として、三雲遺跡と須玖岡本遺跡出土の鏡・剣・玉とも中国製であるとし、そして両遺跡からの鏡出土数が日本列島で見ても突出していることから、前者を前漢代に在位した伊都国王(いとおうこく)、後者を金印(きんいん)「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」を授かった奴国王(なこくおう)の先代の墓であると結論づけました。
 さらに視点を古代日本全体に広げ、後に古墳の主要な副葬品として尊重される鏡・剣・玉それぞれの祖型を探ると全て三雲遺跡と須玖岡本遺跡に帰着することを指摘します。鏡・剣・玉が後代でも尊重された理由は、中国との交渉を始めた頃の希少な輸入品がこの3種であり、これらを希少とする風習がその後も残ったためと推測しました。
 こうした中山博士の活動により、須玖岡本遺跡の価値が学界に再認識されることとなり、かつて富岡謙藏によって企画されて頓挫した京都帝国大学による須玖岡本遺跡の発掘が再度計画され、昭和3年に実行に移されることになったのです。
 発掘調査後に遺跡の報告書を作成するに当たって、中山博士は須玖岡本遺跡(王墓)で採集した鏡片を京大に貸与しました。この古鏡の分析・復元研究に当たったのが当時37歳の梅原末治です。梅原は欧米留学から帰国した直後で、中国古代青銅器の知見を深めていました。梅原の須玖岡本遺跡(王墓)出土古鏡の復元は単に鏡片を図示するだけでなく、紋様全体の分かる復元図の一部に鏡片写真や拓本を組み込むという画期的なものでした。そして梅原は須玖岡本遺跡(王墓)の副葬鏡を8種30面以下と復元しました。現在でもこの梅原の研究が須玖岡本遺跡王墓出土鏡面数の基本となっています。京都帝国大学による須玖岡本遺跡の発掘調査報告書は現在の研究にも耐えうる水準のもので、日本考古学の発掘調査報告書の標準となりました。
 この時、報告書で使用された資料の大半は博士の死後九州大学に寄贈された中山資料にあります。これは梅原が研究終了後、中山博士が採集した資料をしっかりと返却したことを意味しています。


写真3.中山平次郎博士肖像写真
写真3.中山平次郎博士肖像写真

エピローグ
 梅原末治との交流は戦後も続きました。中山博士の最後の考古学論文が昭和25年に発表されますが、これは戦前の未発表原稿を託された梅原が考古学雑誌に掛け合って掲載させたものです。
 中山博士は昭和31年4月29日に福岡市中央区荒戸の自宅で亡くなりました。享年85歳。梅原は亡くなる3日前に病床の中山を見舞い、遺跡遺物について談義したそうです。そして昭和34年4月、考古学界における中山博士の追悼本が梅原の手によって発刊されました。梅原末治は当時66歳。2人が初めて出会ってから43年の月日が過ぎていました。
(赤坂亨)

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