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No.419

企画展示室4

自然と遺跡からみた福岡の歴史

平成25年10月1日(火) ~12月15日(日)

『自然と遺跡からみた福岡の歴史』表紙
『自然と遺跡からみた福岡の歴史』表紙

 記録的な猛暑という言葉を毎年のように耳にします。今年も暑い夏でした。集中豪雨、洪水、火山噴火、地震、温暖化。様々な自然害や環境変化が直接・間接に日々のくらしに影響をあたえ、私たちが自然環境の摂理の中に生きていることを感じさせられます。
 そして私たちの祖先も移り変わる自然環境、災害に向き合ってきました。その営みは遺跡に刻まれています。
 『新修 福岡市史 特別編 自然と遺跡からみた福岡の歴史』(以下『特別編』)では、自然と人間社会が織りなす福岡の歴史が、地理学、文献史学、考古学など様々な視点から描かれています。今回の展覧会では『特別編』の刊行を記念して、その一部をもとに人と環境のかかわりの変遷をたどります。

○自然環境からみた福岡の歴史
気候の変化
 明治23(1890)年に福岡で気象観測がはじまってから約120年になります。この間の観測の蓄積によって、120年間の気候の変化を具体的にたどることができます。図は気温・降水量の変化を示しています。年平均気温を見てみると、1940年代までは15度前後でほぼ横ばいですが、1950年代には急に上がり、その後も上昇が続いて120年間で約2.5度上がっています。さらに日最低気温の年平均値の上昇は約4度に達しています。1950年代以降、温暖化が進み、特に日最低気温つまり夜の気温上昇が大きいことがわかります。このような気候の変化は、地球規模の温暖化の影響もあるかもしれませんが、高度経済成長やバブル景気による都市の発達や人口の増加に伴うヒートアイランド現象(郊外に比べ、都市部ほど気温が高くなる現象)と考えられます。これには博多湾の埋め立てで海が遠くなり、ビルで海風が遮断されやすくなったことも要因と考えられます。人の営みが自然環境を変えている現実が見えてきます。

福岡市の約120年間の平均気温、日最高気温・<br>
				日最低気温の平均気温と年降水量の変化
福岡市の約120年間の平均気温、日最高気温・
日最低気温の平均気温と年降水量の変化

○西方沖地震(せいほうおきじしん)と警固断層(けごだんそう)
 平成17(2005)年3月20日(日)午前10時53分、地鳴りと激しい揺れに襲われた福岡県西方沖地震は、国内では有感地震が極めて少ない福岡に住む私たちに、大きな衝撃を与えました。建物の倒壊・損壊、液状化、噴砂(ふんさ)、地盤の陥没(かんぼつ)・亀裂など様々な被害を目のあたりにし、生活に支障をきたしたことは記憶に新しいところです。また、地震の震源となった警固断層帯という言葉は、私たちの耳にしっかり刻まれました。
 警固断層帯は西方沖地震の震源の北西部から福岡市市街地を通り、筑紫野市付近に達しています。西方沖地震の後は、引き続き陸地側の南東部の活動も懸念されています。この警固断層帯南東部では、活動来歴を明らかにするために、太宰府市大佐野(おおざの)、大野城市上大利(かみおおり)、福岡市中央区浜(はま)の町(まち)公園などで実際に断層部分を掘削する調査が行われました。福岡市市街地の浜の町公園では、地下約8メートル、標高マイナス6メートルで断層を確認しています。断層の年代は約8000年前で、これが福岡市中心部の警固断層帯が活動した最新のものであることがわかりました。つまり最近8000年間は大きな活動がなかったことになります。また上大利では約1万5000年前に、大佐野では1万6000年前以降に、断層の活動があったことがわかっています。浜の町公園の断層の一つ前の活動も同じ時にさかのぼる可能性があり、平均活動間隔は約7500年になります。福岡中心の断層は約8000年間大きな活動がありませんので、比較的近い将来に活動する可能性があります。
 また、浜の町公園の調査では断層のすぐ上の土層から約8000年前の縄文時代早期の土器や黒曜石などが見つかり、海面下に遺跡が眠っていることが確認できました。

警固断層位置図
警固断層位置図

休館日

開館時間
午前9時30分~午後5時30分
(入館は午後5時まで)
7月22日から8月27日のうちの金・土・日ならびに8月14日、15日は午後8時まで開館(入場は午後7時30分まで)
休館日
毎週月曜日
※月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館
8月14日、15日は開館、8月16日は休館
※年末年始の休館日は12月28日から1月4日まで
pressrelease

Facata(博物館だより)

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