平成9年2月11日(火)~4月6日(日)
芳年の落款と印章 |
江戸末期から明治にかけての騒然とした動乱の時代を生き抜き、浮世絵最後の巨匠といわれ、また情念の絵師でもあった月岡芳年(つきおかよしとし)の作品を紹介します。
天保(てんぽう)10年(1839)に江戸新橋の商家の次男として生まれた月岡芳年は、12歳の頃、武者絵や美人画をはじめ、現代の漫画の原点ともいえる戯画、風刺画(ふうしが)、狂画のジャンルに偉大な足跡を残した奇才歌川国芳(うたがわくによし)に入門したと伝えられます。初期の頃から既に独特の怪奇趣味が窺える作品を発表し、維新前後には「危うい浮世絵師」あるいは「血まみれ芳年」などと称されるような強烈な個性のシリーズものを発表しました。しかし、彼の作品はそうしたセンセーショナルな表現だけで成り立つものではありません。卓抜した描写力に裏付けられた写実表現と、現代のイラストレーションも顔負けの斬新で劇的な構図、そして極みにまで達した木版多色摺(もくはんたしょくずり)の技法による繊細華麗な色彩が渾然一体となった、いわばバロック的な世界こそ芳年芸術の根幹をなすものです。その冷徹な写実と理知的な構図には近代的な人間の視線が感じられ、また独特の妖気に満ちたイメージには動乱の歴史に立ち会った繊細な精神を読みとることもできるでしょう。
今回の企画展では、比較的初期の怪奇画をはじめ、歴史画、風俗画、美人画、新聞錦絵(しんぶんにしきえ)など芳年の幅広い画業を示す66件の作品を前期(2月11日~3月9日)後期(3月11日~4月6日)にわけて展示いたします。浮世絵が到達した究極の姿ともいえる芳年の世界をどうぞお楽しみください。
最後に、本展にご協力いただきました北九州市立美術館に心より感謝申し上げます。
1 藤原保昌月下弄笛図 |
36 通俗西遊記 沙悟浄 |
■揃物解題そろいものかいだい■
本展の出品作のうち、シリーズで刊行されたものを年代順に解説している。シリーズ名のあとの番号は出品目録の番号である。
「通俗西遊記(つうぞくさいゆうき)」2~6・36~39
元治元年(1864)、芳年26歳の年に刊行。初期を飾る秀作。物語絵のジャンルに属するが、後の「一魁随筆(いっかいずいひつ)」や「月百姿(つきひゃくすがた)」などと異なり、孫悟空を主人公とする一貫したストーリーであるだけにマンネリにならない工夫が要求されたであろう。若々しい躍動感に満ちたシリーズである。
9 和漢百物語 清姫 |
「和漢百物語(わかんぎゃくものがたり)」7~12・41~46
慶応元年(1865)刊行。大判錦絵の竪絵(たてえ)26枚からなる芳年の初めての怪奇画シリーズで、日本と中国の怪談話を集めたもの。百物語とは怪談会(かいだんえ)の形式で、参加者それぞれが怪談を物語り、百話が終わると必ず怪事が起こるとされた俗信に基づくが、ここでは怪談集というような意味であろう。芳年芸術の基本的な性格がこのシリーズに現れている。