平成12年6月6日(火)~8月6日(日)
黒田家の能面
黒田家伝来の能面は、能楽の熱心な愛好者だった初代藩主長政の時代、つまり桃山時代から江戸時代初期
にかけての頃に中核となるコレクションが形成されたと思われるが、近代以降に散逸し、その全貌を確かめることは困難である。明治後期に記された黒田家の什宝目録のいくつかには、牡丹唐草文、鉄線唐草文、葡萄(ぶどう)唐草文という3種の唐草文の蒔絵がほどこされた面箪笥に、合計32面の能面が納められていたことや、38領の能装束、楽器などが福岡別邸に残っていた記録がある。
3種の箪笥のうち、「鉄線唐草文蒔絵面箪笥」は、「黒田家」と墨書された風呂敷とともに、平成11年度に当館が収集した能面コレクションに付属しており、そこに納められていた面も現在当館の所蔵となっている。狂言面23面を含む169面からなる能面コレクションのうち、銘記や面袋などから黒田家伝来と判断される17面を、明治期の黒田家の記録と比較すると、別の面箪笥に納められていた面が含まれていたり、什宝目録には記載されていない面もあり、目録記載から以後に箪笥と中身の移動があったことや、その他にも能面が伝来していたことを窺わせる。おそらく黒田家の能関係資料の規模は、さらに大きなものだったであろう。
今回展示している12面は、室町時代から江戸時代にかけての古面であり、特に作風から桃山時代以前の作と判断される「皺尉(しわじょう)」や「茗荷悪尉(みょうがあくじょう)」「釣眼(つりまなこ)」「白般若」などは長政時代の収集品
の可能性が高い。「皺尉」と「茗荷悪尉」は、前者が福来石王兵衛(ふくらいいしおうびょうえ)、後者が福来の子宝来(ほうらい)の作という伝承をもつ古作で、毎日新聞社から昭和59年に刊行された『古能面傑作50撰』にも選出されている。これに室町時代の作と判断される「白般若」や、近世初期に活躍し名人の誉れ高い出目是閑吉満(ぜかんよしみつ)作の「釣眼」、そして江戸前期を代表する面打師出目洞白満喬(とうはくみつたか)作の「曲見」などが黒田家伝来面の白眉であろう。同時に、洞白やその子洞水(とうすい)の作品が含まれていることは、長政以後の黒田家歴代も、能面を収集し続けたことを物語っている。
(中山喜一朗)
釣眼 |
白般若 |
皺尉 |
茗荷悪尉 |
真角 |