平成13年7月31日(火)~平成13年12月2日(日)
⑦ 百万塔 |
⑦ 百万塔(ひゃくまんとう)/1基/高21.7㎝/明治41年(1908)
百万塔は国家の平安を祈るため、奈良時代に称徳天皇(しょうとくてんのう)の命によって作られた百万基の木製小塔。現在ではその大半が失われ、奈良・法隆寺に四万六千基が保存されている。塔内部は陀羅尼経(だらにきょう)を納める構造になっており、通常塔身には制作時の墨書(ぼくしょ)が記されている。しかし、本塔は内部に納められた陀羅尼経に「明治四十一年法隆寺」の朱印が押され、塔身に墨書も認められないことから明治期の法隆寺が作った複製と思われる。
【加藤光枝氏 寄贈】
⑧ 木造聖観音坐像(もくぞうしょうかんのんざぞう)/1躯/像高27.7㎝/明治41年(1908)
聖観音は観音菩薩の種類のうち最も基本的な姿。本像は形式的に整った作風から江戸時代の制作とみられる。台座裏に明治~大正期の福岡仏師、高田又四郎(たかだまたしろう)(1847~1915)の修理銘がある。
【川上喜一郎氏 寄贈】
⑨ 銅造菩薩坐像 ⑩ 木造観音菩薩立像 ⑪ 木造荼吉尼天騎狐像 |
⑨ 銅造菩薩坐像(どうぞうぼさつざぞう)/1躯/個人 寄託/像高74.4㎝/高麗時代(13世紀)
福岡県二丈町の一貴山夷巍寺(いきさんいきじ)跡に伝来した銅製鍍金の菩薩像。着衣の形式から朝鮮半島で高麗時代(こうらいじだい)に制作されたと考えられるが、目尻の吊り上った独特な表情は中国・宋(そう)時代の強い影響であろう。
長崎県・壱岐の金谷寺(きんこくじ)にはこれとほぼ同じ形で、もとは一具であったと思われる菩薩像が伝来する。
⑩ 木造観音菩薩立像(もくぞうかんのんぼさつりゅうぞう)/1躯/像高116.0㎝/宋~元時代(13世紀)
全身を一木(いちぼく)から彫出した菩薩像。すらりとした体形や妖艶(ようえん)な表情、鎖のようにつながる装飾は、中国・宋(そう)または元(げん)代の仏像の特徴。本像は頭上に如来像を顕(あらわ)すことから観音菩薩と思われるが、右手には柳の葉を持つことから楊柳観音(ようりゅうかんのん)の可能性もある。
【野見山英治氏 寄贈】
⑪ 木造荼吉尼天騎狐像(もくぞうだきにてんきこぞう)/1躯/像高24.6㎝
⑫ 木造弁才天坐像(もくぞうべんざいてんざぞう)/1躯/像高22.1㎝ /江戸時代(17~19世紀)
いずれもインドに起源をもつ女神。荼吉尼天は日本では稲荷神(いなりしん)の本体とされ狐に乗る姿であらわされる。弁才天は豊饒(ほうじょう)もしくは、音楽や言語の神とされ、八本の手に、それぞれ利益(りやく)を象徴する持物(じもつ)を持つ。⑪⑫は作風から同時の制作とみられる。
【高倉一矢氏 寄贈】
⑬ 木造弁才天坐像(もくぞうべんざいてんざぞう)/1躯/瀧光徳寺 寄託/像高89.8㎝/天保12年(1841)
台座裏の墨書銘から紀州和歌山の仏師宮島定覚(みやじまじょうかく)によって制作されたことがわかる。笑みを浮かべた表情は硬直したように硬く、形式化した江戸時代の仏像の特色をよくあらわしている。
⑭ 木造弘法大師坐像 |
⑭ 木造弘法大師坐像(もくぞうこうぼうだいしざぞう)/1躯/瀧光徳寺 寄託/像高83.2㎝/大正2年(1913)
真言宗を開いた弘法大師空海(774~835)の肖像。像内の銘文から明治~大正期の福岡仏師高田又四郎(たかだまたしろう)の制作とわかる。写実的な表現に近代彫刻の影響が認められる。
⑮ 木造日蓮上人坐像(もくぞうにちれんしょうにんざぞう)/1躯/瀧光徳寺 寄託/像高101.5㎝/天保12年(1841)
日蓮宗の開祖、日蓮(1222~82)の肖像。像内の銘文から紀州和歌山の仏師宮島定覚(みやじまじょうかく)によって制作されたことがわかる。形式化し、ロボットのような硬い表情は江戸時代の仏像によく見られる表現。
(末吉武史)