平成13年10月16日(火)~平成13年12月16日(日)
人生いろいろ
No.10 誕生釈迦像 |
インドで仏教美術が誕生した当初、釈迦は、人の姿に表現されることはありませんでした。悟りを開いた超人的な存在である釈迦は、目には見えないものと考えられたからです。やがて、よく知られているようにガンダーラとマトゥラという2つの地域で、人の姿をとった釈迦像が表されるようになります。仏像の誕生です。なかでも、ガンダーラでは、偉大な1人の人間としての釈迦という観念が強かったらしく、その足跡をたどれるよう目で見る伝記・仏伝図(ぶつでんず)が、盛んに作られました。やがて、仏伝の数多くのエピソードの中でも、誕生や入滅(にゅうめつ)、悟りを開いた時など人生の一大転機となった場面だけがクローズアップされ、独立して絵画や彫刻がつくられるようになります。なかでも誕生したばかりの釈迦、そして涅槃に入る釈迦の姿は、最もよく造形化されました。
No.6 釈迦誕生図 No.15 釈迦誕生図 |
釈迦の誕生の像として知られているのは、毎年、4月8日に行われる花祭の際に甘茶(あまちゃ)をかける童子の姿の釈迦像でしょう。一方の手で天、もう一方で地を指す姿は、生まれたばかりの釈迦が七歩すすんで「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と称えたという仏典の記述にそくした姿なのです。
釈迦の涅槃の像、とくに、その情景を描いた涅槃図は、仏伝を描いた日本の仏画の中では圧倒的に数が多いものです。涅槃図の多くは、釈迦の遺徳(いとく)をしのび讃(たた)える涅槃会(え)のときに掛けるために制作されたものです。中国や日本の涅槃図では、横たわる釈迦のまわりに弟子たちばかりか諸菩薩や俗人、様々な獣たちが集い、悲嘆にくれています。東アジアの涅槃図は時代が降るほど、人や獣の数が増えて賑やかになっていきますが、涅槃図発達の源にあった中央アジアの作例には、弟子や釈迦を供養する天人くらいしか表されません。人や獣、生けとし生けるもの皆が悲しむ涅槃の情景表現は中国発のアイデアのようです。