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No.273

考古・民俗展示室

「共有」の民俗

平成18年1月17日(火)~平成18年4月9日(日)

基準の「共有」


綱引きの開始を告げる寄せ太鼓(前原市池田)

 現代社会において情報の「共有」は重要な課題ですが、その「共有」の前提としてさまざまな約束事が決められていることは、判ってはいてもなかなか意識して考えることの少ない問題です。例えばインターネットが依拠(いきょ)するさまざまな通信上の約束事が、国際的に標準化されているのと同様に、村落には村落の、あるいはその村落を含む社会はその社会なりの共有しなければならない基準がありました。
 インターネットに倣(なら)って情報通信についていえば、基本的に村落社会は人と人が面と向かって情報を伝え合う社会でした。たとえ目と目を合わせなくとも、情報を発する側がどのような者で、それを受ける側がどのような者であるかは皆が判っていました。その情報がムラの連絡事項であれば、回覧板(かいらんばん)や回状(かいじょう)、言い継ぎのような方法で伝えられ、集会の合図であれば、触れ声や触れ太鼓のような方法がとられました。情報を確実に周知するための決まった方法があったのです。特に触れ太鼓などはその叩き方によってさまざまな情報を区別することができましたが、それを聞き分けられるだけの知識の共有がなければそれは成り立たない方法でした。
 いっぽうで村落の外と共通するさまざまな基準は、その多くが国家的な制度に関わるものでした。暦(こよみ)や度量衡(どりょうこう)の標準化は、強い強制力を伴う基準の共有でしたから、それは人々の生活のなかに深く浸透し、生活のなかで習慣化していきました。


「お約束」のこと

  近年の若者言葉に「お約束」というものがあります。あからさまなまでに類型的な反応行動を茶化(ちゃか)す例えですが、その「お約束」の反応がきちんと型にはまっているかどうかの認識が「共有」できていなければ会話のなかで意味をなしません。
  このような「共有」のあり方は、言葉に限らず、私たちのふだんの行動のなかでも至るところに見ることができます。特に民俗的な行為にはその傾向が強いようです。これは民俗事象が、基本的に限られた村落社会内での約束事の集合体であることに由来します。日本中どこでも同じだと思っていた行事について余所の人に聞いてみると、まったく違うことを行っていると聞いてびっくりした経験は、どなたもお持ちでしょう。
  例えば熨斗(のし)ひとつにしろ、それが改まった進物であることを示す記号として機能するのは日本文化の枠内でしかありません。さらにそれぞれの地方ごとにさまざまな物が熨斗(あるいはその代用)として意味づけられていることは、その約束事を知らない者にとって想像の範囲を超えていることがあります。
  逆にこの約束事を知りうる者同士が互いに連帯感を感じる傾向にあることも、私たちは経験上知っています。さまざまなレベルの約束事が重なり合い、交叉(こうさ)し合うなかで、私たちが生きる社会は「共有」されているのかも知れません。
(松村利規)

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