平成18年5月23日(火)~7月17日(月・祝)
ポスター「銃後を護れ火を守れ」 |
今年も6月19日がやってきました。今から61年前の昭和20(1945)年6月19日夜半、アメリカ軍の爆撃機B29が福岡市上空から焼夷弾を落とし、福岡市は大きな被害を受けました。現在この日は「福岡大空襲の日」として、戦争と平和について考える催しが市内各所で行われます。福岡市博物館では、毎年6月19日の前後に館蔵の戦時資料を展示し、日中戦争から太平洋戦争へと続く「戦争」の時代の日本社会をさまざまな面から見直していただきたいと、「戦争とわたしたちのくらし」展を開催してきました。 15回目となる今回は、空の護り「防空」をキーワードに、昭和12年に制定された「防空法」に始まる国民の備えと、空襲に関する資料を展示します。展示資料中には現在は使われない語句や考え方が著されたものもありますが、歴史的資料としてそのまま展示し、また歴史用語として説明文等に使用しています。この展示をご覧になるみなさんが、日中戦争・太平洋戦争中の市民生活の様子を理解し、戦争と平和について考えるきっかけとなれば幸いです。
防空法
いわゆる「防空法」(法律第47号)は昭和12年4月に公布された後、施行まで1年間をあけて、その聞に準備をすることになっていました。しかし7月に中国と戦争状態(日中戦争)となったため、半年繰り上げて10月に施行されました。この法律の施行と同じ10月に日本赤十字社と東京市などが共同で「防空徹底強化防護展覧会」を開催します。この展覧会は、当時日本の地方行政や警察機構などを所管していた内務省と、陸軍省・海軍省が後援して行われました。この展覧会を通して、“国民が担うべき「防空」”(民間防空)についての知識を普及させようとしたのです。それを受けて作成されたのが「防空図解」という一群のポスターです。
「防空」という考え方
防空法で言う「防空」とは、航空機よる空襲の被害をくい止めるために「陸海軍の行う防衛に則応して」「陸海軍以外の者」が行う灯火管制・消防・防毒・避難・救護などを指していました(第1条)。制定された昭和12年時点では、多くの国民にとって、戦争は遠い地域での出来事と感じられていましたが、太平洋戦争開戦直後の昭和16年12月20日に施行された改正防空法(法律第91号)、および18年10月31日に公布された改正防空法(法律第104号)と、改正のたびに事項が付け加えられ、防空上必要な場合は私有地や建物を強制的に占有・使用したり、建物の強制疎開(きょうせいそかい)を実施して空地を作ったりしました。人員の避難については、許可なく避難や退去することを禁止し、消火活動に参加しなければならないとしました。