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No.301

考古・民俗展示室

ふくおか民俗カタログ2-ウシサマ-

平成19年6月19日(火)~平成19年9月2日(日)

はじめに

 「ふくおか民俗カタログ」は、福岡市域で育まれ、受け継がれてきた数多くの祭りや年中行事、人々の暮らしの仕組みや約束事、あるいは生きるための知恵や祈りの姿など、さまざまな民俗を通して、福岡の地域的な特色を再発見していくシリーズです。その第2回目は、ウシサマについてご紹介します。
  ウシサマは、ところによってはウシドンとも言います。これらはウシに敬称の様(サマ)や殿(ドン)がついた言葉ですから、そのウシが敬われるべき存在であることは容易に想像ができます。ではウシサマは牛様で、かつて農作業に欠かすことのできなかった牛を、感謝の念を込めてそう呼んだのかというと、どうもそうではないらしいことが各地の例から判ってきます。



ウシサマを祭る(飯氏)

一、ウシサマとは何者か

 当館の常設展示室(総合)では、このウシサマを紹介したビデオプログラムをご覧いただくことができます。西区草場(くさば)と早良(さわら)区脇山(わきやま)で行われていたウシサマの祭りのようすを記録したものです。
 そこで、この映像の舞台のうち草場を例にとりながら、ウシサマとはいったいどんな存在であるのか具体的に描いてみることにしましょう。



西区草場のウシサマ その撮影が行われたのは昭和63年(1988)12月12日のことです。草場のN家では、例年どおりその年に収穫した糯米(もちごめ)を使って餅を搗(つ)き、1重ね1升(しょう)ほどの餅を2組と、小餅13個を用意していました。この年は閏(うるう)年なので13個でしたが、平年は12個です。2組の1升餅のうち、一方は塩味のみで炊(た)きあげた小豆(あずき)を表面にまぶしたものです。
 家のご主人は、柳の枝を取ってきて適当な長さに切り揃え、両端の皮を剥(む)いて柳箸(やなぎばし)を作るほか、小田(こた)の浜へ出向いて渚(なぎさ)のきれいな砂をすくい取り、枡(ます)に入れて持ち帰って《お潮井(オシオイ)》とするなど、準備を着々と進めていました。
 夕方になると、ご主人は家の近くにある自分の田んぼに向かい、この日まで収穫せず田の隅に残していた最後の稲13株(これも平年は12株です)を刈り取りました。稲穂は雀(すずめ)などに食い荒らされぬよう、藁(わら)で丁寧に覆われています。そして刈り取った稲は、6株7株の2束に分け《尖朸(ソガリオウコ)》に刺して運びます。この時は「重(おん)たかぁ、重(おん)たか」と言いながら歩くものでした。
 家に戻ると、《庭(ニワ)》(屋内の土間)にまつられている荒神棚(こうじんだな)の下に木の臼(うす)を据(す)え、こちら側に向けて《手箕(テミイ)》を置きます。《手箕(テミイ)》の上には、先ほど刈り取ってきた二束の稲のほか、白餅・小豆餅各一重ね、1升枡(ます)に入れた小餅13個、折敷(おしき)に盛った赤飯2盛、なます2皿、柳箸2膳、《お潮井(オシオイ)》1枡、灯明1灯をのせ、荒神棚には煮しめ2椀、煮魚2匹、3枚葉の笹を挿した榊立(さかきたて)1対が供えられました。



最後の稲を運ぶ

《丑様(ウシサマ)》の祭壇

 供物がすべて調(ととの)うと、ご主人は《手箕(テミイ)》の前に立ち、荒神棚に向かって二礼二拍(はく)、さらに二拍、一礼をし、これをもってウシサマの祭りとしました。
 さて、このウシサマの祭りには全く牛が登場しません。畏敬(いけい)の念をこめて様(サマ)と呼ばれる存在は荒神様だけのようにみえます。ウシはどこにいるのでしょうか。
 ウシサマの祭りが行われた12月12日は、この年の旧暦11月(霜月(しもつき))最初の丑の日にあたります。もし何らかの都合でこの日にウシサマの祭りができなかったら、次の丑の日に繰り下げて行うものとされていました。どうも霜月丑の日にお祭りすべき神様であるから《丑様(ウシサマ)》と呼ばれているようです。
 では、丑の日にまつるべき《丑様(ウシサマ)》とは荒神様のことなのでしょうか。西南学院大学が昭和56年(1981)に行った調査では、2月初午の日には「フツ(蓬(よもぎ))を摘んできてハツウマダゴを作る。牛馬の足形を作って餡(あん)をまぶし、1升枡に盛って荒神に供える。荒神は作(さく)の神で、『初午様の日に行かっしゃあ。丑の日に帰ってこらっしゃる』という」と報告されています。草場では、祭りの日取りに敬称がついて神様の名のようになっているけれども、そこで祭られているのは農耕をつかさどる神様で、それは荒神様である、ということです。
 しかし、荒神という明確な名前を持つにもかかわらず、丑の日には「作の神」であり《丑様(ウシサマ)》であるというような曖昧(あいまい)な呼ばれ方をしている点や、本来、家の中心である竃(かまど)を守るべき荒神が、2月から11月という長期にわたって家を留守にするという点を考えると、もとから《丑様(ウシサマ)》が荒神であると結論づけてしまうことはためらわれます。
 そこで、もう少し細かな点に注意を払ってみましょう。
 草場の例で、N家のご主人は刈り取った稲束を「重(おん)たかぁ、重(おん)たか」と言いながら運ぶ、少々風変わりな行動をとっています。これはどういうことでしょうか。
「重(おん)たか」とは、稲の穂がたわわに実り、その年が豊作であったことを意味します。これは一種のほめ詞(ことば)で、豊作への感謝を表現するだけでなく、理想的な状況を言葉として発することで、将来にわたってその状況が続くことも祝うものです。実際にその年の作柄がどうであったかはそれほど重要ではありません。
 草場に隣接する小田で、七夕を「田誉(たほ)め節供(せっく)といい、田の隅に荒神様がいるので、そこに向かって『今年はようできました』という」(西南大調査)のは、稲の成長途中にかけるべき同様のほめ詞ですが、その言葉の向けられる先が「田の隅の荒神様」であることは、田の隅に刈り残された稲と《丑様(ウシサマ)》としての荒神とが一体であることを教えてくれます。霜月丑の日刈り取られた最後の稲束は《丑様(ウシサマ)》として家の荒神棚へ帰るのです。

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