平成23年6月14日(火)~ 7月31日(日)
華やかな友禅染(ゆうぜんぞめ)の小袖や豪華な能装束(のうしょうぞく)など、福岡市博物館にあるさまざまな服飾資料・染織品を紹介する染織シリーズも、10回目をむかえました。今回は、文様(もんよう)、なかでも、くりかえし文様に注目してみたいと思います。
日本の衣服の文様は、世界で類をみないほど、絵画的だと言われています。とくに桃山時代以降、男性の服飾では武家の男性が身に着ける陣羽織(じんばおり)や胴服(どうぶく)、女性の服飾では武家や町人の女性が身に着ける小袖(こそで)に、大柄なモチーフをのびのびと配置した文様があらわれました。衣服の、とくに後ろ身頃(みごろ)を、あたかも一幅の画面のように見立て、そこに、さまざまな技巧を凝らして、花や蝶、山水、調度といった身の回りの森羅万象(しんらばんしょう)をモチーフとして取り込み、カラフルな文様としてあらわしてきたのです。
このような絵画的な文様の対極にあるのが、パターン文様です。単純なラインやシンプルな図形を、くりかえしあらわすことで構成する文様です。このくりかえしの文様も、また、日本の服飾や意匠の歴史のなかで、長い命脈を保ってきました。この展示では、衣服にあらわれたくりかえし文様に焦点をあててみようと思います。
図版① 御上直衣(部分) |
図版② 4.御上直衣 |
◆雅のくりかえし文様
衣服に文様をつける方法は、大きく2つに分けることができます。生地(きじ)を織る段階で、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)の浮き沈みを一定のパターンで変動させることで文様を織りだす方法と、織りあがった生地に刺繍や染めの技法で文様を加えていく方法です。日本の伝統的な美意識においては、染めや刺繍によって加えられた文様より、織りによる文様のほうが高い品格をそなえるものであり、華やかで手の込んだ織り文様をあらわした絹織物で仕立てた衣服こそフォーマルなものだという感覚があります。
生地に文様をあらわす作業の自由度という点では、刺繍や染めのほうが圧倒的です。いっぽう、織り文様は、織る前に非常に精密な設計をたてることが必要です。多彩で複雑な文様があらわされた織物というのは、それこそ、現代のコンピューターにも劣らない、超ハイテク製品だったのです。
さて、織りによる文様は、本質的に、同じ文様が一定のピッチで、くりかえしあらわれるパターン文様になります。このパターン文様が、多岐にわたって発展し、美しく開花したのが平安時代です。
平安時代、貴族たちの服装が、それまでの中国大陸の影響を色濃くうけたものから「国風化」して、より日本の風土や日本人の美意識にかなったものになったことは、学校の教科書にも出てきます。また、それらの服装の代表的なものとして「衣冠束帯(いかんそくたい)」や「女房装束(にょうぼうしょうぞく)(十二単(じゅうにひとえ))」が挙げられます。「竹取物語」や「源氏物語」などの登場人物は、こうした装いの姿でイメージされることが一般的でしょう。王朝を舞台にした物語のお姫さまや貴公子が身にまとう目にもあやなる装束の文様は、ごく一部をのぞいて、織り文様であり、必ず、菱などの図形や、円や矩形をなすようデフォルメされた花鳥モチーフが、一定のピッチを保って、くりかえし連なっていく文様になります。この平安時代以来の公家の服飾にあらわれた文様を有職(ゆうそく)文様といいます。
図版②は、「直衣(のうし)」という公家の衣服の一種で、夏用です。穀織(こめおり)というむこうがわの透ける紗(しゃ)の一種で、「三重襷(みえだすき)」という菱形を連ねる文様(図版①)が織り出されています。
有職文様は、着る人の好みによって自由に選べるようなものではなく、色とともに、着る人の位階により使用の制限があり、また、衣服の種類によって用いる文様がきまっていました。