平成23年6月14日(火)~ 7月31日(日)
図版③ 縞文様小袖 |
◆粋のくりかえし文様
ところで、数あるパターン文様のなかでも縞(しま)(ストライプ)や格子(こうし)(チェック)はもっともシンプルなものです。直線を、平行にならべただけの縞柄や、垂直に交わらせた格子柄は、現代日本の衣生活では、老若男女を問わずとりわけカジュアルな衣服の柄として好まれています。縞柄や格子柄の衣服は、はるか古代から存在していたにちがいありませんが、流行の柄として見のがせない役割を果たすようになったのは、江戸時代も18世紀以降になってからのことです。
18世紀の中ごろに文化の中心が上方から江戸にうつった、とは、歴史の教科書でよく言われることです。もう少しつっこんだ言い方をすると、18世紀の中ごろに、人口が100万以上にふくれあがった大都市・江戸において、そこそこの経済的余力と教養を持った町人たちの存在が、芸能、文芸や学芸の受け手・担い手として無視できないものになり、江戸で生み出され享受される文化のさまざまな局面に、これまでになかった特徴があらわれてきた、ということになります。ファッションの世界では、「粋(いき)」の美意識を体現する歌舞伎の役者や遊女たちが、流行の最先端をはしっており、町方の女性たちのお洒落(しゃれ)心は、彼ら彼女らの装いに大いに触発されていました。そんな時代にはやったのが、縞や格子なのです。
縞や格子の文様は、織り文様のなかでも、複雑な工程を組まなくてすむものであり、縞柄や格子柄の服地が比較的安価であったことも、流行の一因となっています。また、縞や格子の文様は、身に着けてみると、着た人のボディラインを浮き立たせる効果があるので、女性の姿をいっそう美しく引き立てる柄として、好まれたと言う見方もあります。
縞や格子柄のほかに、型染めの「小紋(こもん)」も、この時代に、大いに流行を見ました。型染めのしくみは、文様のかたちに穴の開いた型紙を生地の上にあてる→型紙のうえから、生地に防染用の糊(のり)を引く→生地に染料を引く、あるいは、生地を染料につける→糊をおとすと、型紙どおりの文様が白抜きにあらわれる、というものです。何尺もある生地に、同じ型紙をスライドさせながら何度もあてて糊を引くので、当然、同じ文様が一定のピッチでくりかえされます。理屈のうえでは、文様単位ひとつのサイズは、型紙の大きさまで広げることができますが、実際には、ずっと小さい文様単位が型紙の中にくりかえされているのがふつうです。小紋染は、その文様の単位が、極限まで小さくなったものです。
小紋染めは、服地に文様をほどこす技術としては、室町時代の半ばごろ確立し、桃山時代から武家の男性の衣服の遺品が見られるようになり、江戸時代には、武士の平常時の制服ともいえる裃(かみしも)に多用されます。そして、18世紀、江戸に町人文化がさかえた頃、流行に敏感な町人の女性の小袖の柄としても好まれるようになりました。極小の文様のくりかえしが、遠目に見ると無地のようでありながら、近づくと、さまざまなモチーフ文様やパターン文様がびっしりあらわされていることが分かる小紋染めの小袖は、あからさまなゴージャス感を嫌い、ちょっとしたポイントにこだわり、見えないところに贅(ぜい)を尽くす「粋(いき)」の美意識にかなうものとして、江戸の町人たちに大いに好まれたのです。
(杉山未菜子)
出品目録
- 1 表着
- 2 黄櫨染袍
- 3 御引直衣
- 4 御上直衣
- 5 裃
- 6 縞文様小袖
- 7 縞文様小袖
- 8 小紋小袖
- 9 小紋小袖
- 10 小紋下着
- 11 小紋木立苫屋文様小袖