平成23年7月20日(水)~ 9月11日(日)
宮座の「頭渡し」(福岡県みやま市) |
はじめに
祭礼や人生の節目のお祝いには、必ずといっていいほど酒が登場します。日本の文化を語る上で酒の存在は欠かせません。
今回の展示では、嗜好品(しこうひん)としての酒を取り扱うのではなく、酒が用いられる空間と人に目を向けてみたいと思います。酒を取り巻く会話や動作を通じて見えてくる酒の民俗に迫ります。
(1)暮らしのなかに酒がある~様々な酒の姿~
大正から昭和初期頃の博多では、結婚相手は顔の広い世話好きな人に「橋渡し」(紹介)してもらうことが多かったようです。交際が進むと、橋渡しの人が結婚の承諾(しょうだく)をもらいに女性の家を訪れます。内諾(ないだく)を得たら、その日のうちに男性側の使者が一升一鯛(一生一代の意味を合わせ持ったもの)をもって正式な結婚の申し入れを行います。これを「すみ酒(すみざけ)」といいます。「すみ酒」は、男性側より贈られた酒そのものだけでなく、正式な結婚の返答を行う一連の所作(しょさ)を指す言葉でもあります。返答は、女性自身が「熨斗だし(のしだし)」という作法をします。熨斗箱または三方(さんぽう)に白紙を敷き、カツオ節をのせたものを出すのです。一生添い遂げるという意味を含んで贈られた酒は、その約束を確かにするための「固めの酒(かためのさけ)」として封(ふう)が切られ、両親と使者で酌(く)み交わされます。その後、男性側、女性側それぞれで祝いの席を設けました。
挙式の1週間ほど前に、結納(ゆいのう)が行われます。この時、博多では「お茶」と呼ばれる結納品が男性側より運ばれてきます。スルメや昆布などに「寿留女(するめ)」「子産婦(こんぶ)」といった縁起をかついだ漢字を当てた品々があります。その中に「家内喜多留(やなぎだる)」の字を当てた酒も名を連ねています。その後近所の奥さん方を招き「お茶見せ」という集まりを開きます。水引(みずひき)で飾られた品々をみてもらうのです。博多では、結納品はひけらかすものではありません。〈娘に良縁が決まり、長い間可愛がってもらっていたが、このように結婚することになりました〉という感謝の言葉を品々によって語るものと考えられていたようです。
婚礼では、男児と女児の給仕(きゅうじ)(雄蝶(おちょう)・雌蝶(めちょう))による三三九度の盃が行われ、晴れて夫婦となります。それから「嫁御雑煮(よめごぞうに)」が出され、続いて「親子盃(おやこさかずき)」となります。相手方の両親と1つの盃を取り交わすことで新しい家族の一員として認められ、両家間では姻戚(いんせき)という新しい関係が生まれます。その後座敷で新婦の両親、兄弟、親戚と新郎側の関係者のみで「本客(ほんきゃく)」という祝いの席を設けます。本客もお開きになった後、新郎新婦は「床盃(とこさかずき)」を交わし床入りしました。
また、婚礼だけではなく死という人生の節目にも酒を飲む習慣がありました。福岡市西区では、土葬(どそう)が行われていた頃には、墓地の穴を掘る人に、埋葬の穴を準備してもらったお礼として弁当や酒をもたせていました。博多の場合には、遺族(いぞく)に代わって受付を手伝った人が帰りに「精進落とし(しょうじんおとし)」といって1杯軽く飲みにいく習慣があったようです。