平成23年8月16日(火)~ 9月19日(月・祝)
図版⑤ 弁才天像 |
◆漢の美人
図③、④は、屏風に描かれた子ども連れの女性の姿です。髪の結い方や衣裳のかたちは、昔の中国ふうです。このような中国風の女性の絵姿は、ふつう「唐美人図(とうびじんず)」と呼ばれます。
さて、「唐美人図」の中には、われわれにとってたいへん馴染み深いものもあります。それは、「弁天(べんてん)さま」です。七福神の紅一点・弁天さまは、福徳をもたらしてくれる美人の神さまとして身近な存在です。神さまとはいえ、その姿は人そのもの。われわれの頭の中にある弁天さまのイメージも、髪型といい衣裳といい、先に見た子連れの唐美人によく似たところがあるはずです。
「弁天さま」すなわち「弁才天(べんざいてん)」は、もともとはサラスヴァティーという名の古代インドの神話に登場する河の神さまであり、仏教に取り入れられて仏法の守り神の1人となりました。仏教の中心的存在である如来(にょらい)や菩薩(ぼさつ)は、男でも女でもない存在と考えられていますが、その如来や菩薩を守護するインド神話由来の神さまたちの中には、弁才天、吉祥天(きちじょうてん)や鬼子母神(きしもしん)といった女神が存在します。そして、わが国の場合、仏教世界の女神は、唐装の美女、つまり髪型や衣裳が中国風スタイルをとる女性の姿にあらわされることが多いのです。
図⑤は、南北朝時代の「弁才天像」です。水墨で描かれた滝のある山水を背に、やはり水墨で描かれた岩の上にすわって琵琶(びわ)をつまびいています。豊かな黒髪をルーズに束ね、その上に宝珠(ほうじゅ)をそなえた凝(こ)ったつくりの冠をいただき、左右の腕の付け根を包む細長いショールは背面で風をはらんでいます。身にまとう衣は、襟(えり)がうちあわせ式で、肩には雲形のケープのような衣が見え、ケープの下は袖口(そでぐち)がフリルのように細かく波打つ括(くく)り袖(そで)の暗い色の衣、その下には袖が長くゆったりした赤い衣を着ているようです。膝をくるむ衣もやはり赤、膝の間には飾り房(ふさ)のついた細い前掛け状の衣が見えています。この「弁才天像」は、たくさんのアイテムが入り組んだ複雑な服装の表現にも細心の注意が払われています。省略や勘違いの無い、理にかなった衣裳のかたちは、細やかに描き込まれた装飾パーツや文様デザインとともに、作品全体の魅力をいっそう高めています。
さて、仏教世界の女神に対して世俗の「唐装の美女」が、好んで描かれるようになったのは、現在まで伝わる絵画遺品から考えると、かなり後の時代になってからのようです。桃山時代のふすま絵や屏風絵の画題として取り上げられ、江戸時代の後半には、掛幅の唐美人図も数多く描かれるようになったようです。
(杉山未菜子)