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狂言面 恵比寿 |
能(のう)と狂言(きょうげん)は、セットで上演されることが一般的です。能は、重々しい謡(うたい)、厳(おごそ)かな所作(しょさ)、華麗な装束(しょうぞく)、端正な造形の面(おもて)が特徴です。いっぽう、同じ能舞台の上でも、聞き取りやすいせりふ、コミカルな動き、軽妙なデザインの衣裳によって演じられる狂言は、もとは、能の演目と演目との間にもうけられる息抜きのような役割を果たしていました。狂言は、面をかけず、役者が素顔をあらわにして演じられることが多いのですが、神や鬼、動物や植物の精霊、不美人や老女といった役柄には狂言専用の面が用いられます。この展示では、福岡市博物館が所蔵する狂言面を、紹介します。
笑う門には福来る ― 神の面
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能面 大飛出 |
能面 邯鄲男
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能に登場する神々は、時には恵みを、時には脅威をもたらす大自然の力を象徴する存在です。蔵王(ざおう)権現(ごんげん)や住吉(すみよし)明神(みょうじん)が代表的です。そのような役柄には、蔵王権現なら、金色の眼を見開き、口を大きく開けた【大(おお)飛(とび)出(で)】などが、また、住吉明神なら、端正な顔立ちの【邯鄲(かんたん)男(おとこ)】などが用いられます。いっぽう、狂言に登場する神は、七福神でもおなじみの恵比須(えびす)さまや大黒(だいこく)さまです。人々の身近にやって来て、お供えのお酒を喜び、釣り竿や打(う)ち出(で)の小(こ)槌(づち)を授けてくれます。人々の息災(そくさい)を喜び、積極的に幸福を与えてくれる存在です。面も、そのものずばりの【恵比須】、【大黒】。目尻を下げ、口の端をほころばせた満面のニコニコ顔です。
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上)能面 大癋見
下)能面 頼政 |
狂言面 武悪 |
にらめっこには勝てそう? ― 鬼の面
【武(ぶ)悪(あく)】は、狂言の鬼の面です。能面の鬼の面である【癋(べし)見(み)】から派生したといわれています。下唇を噛(か)みしめて踏(ふ)ん張(ば)っていますが、目(め)尻(じり)が下がり、視線が上目遣いになっているところがユーモラスです。まるで、にらめっこをしているようです。空から落っこちてきた雷さまや、人間が賢くなって地獄に堕(お)ちてこないので、ピンチに陥(おちい)った閻魔(えんま)大王(だいおう)などの役に用いられます。
狂言面に美男なし ― 男の面
能面の男の面は、老人をかたどるものも、青年をあらわすものも、いずれも非常に整った顔立ちをしています。しかし、狂言の男の面は、まったく逆です。【祖(おお)父(じ)】や【登(のぼり)髭(ひげ)】は、狂言の老(ろう)爺(や)の面です。深い皺(しわ)をきざみ、歯は「すきっ歯」。いかにも、身近にいそうな、年寄りらしい年寄りです。【通円(つうえん)】は、大勢の客に茶を点(た)て続け、あげくに事(こと)切(き)れた茶家(ちゃや)の主(あるじ)・通円の亡霊をあらわす面です。心に執着するものがあって成仏(じょうぶつ)できない通円は、【頼政(よりまさ)】などの面を用いる修羅(しゅら)能(のう)に登場する武士の亡霊のパロディー的存在です。