平成28年7月5日(火)~平成28年9月11日(日)
能面「朝倉尉」
箱崎(はこざき)で涙の再会
「朝倉尉(あさくらじょう)」は、闊達(かったつ)さを強く感じさせる尉面です。口の上下と顎(あご)の髭(ひげ)を植毛であらわし、口を大きく開けています。筑前・箱崎を舞台にした『唐船(とうせん)』には、神や霊の化身ではなく、現世に生きる老爺が登場します。『唐船』は、「唐土と日本と舟の争ひ有りて」囚われの身となった祖慶官人(そけいかんじん)という人物が主人公です。彼は、箱崎のとある領主のもとで牛飼いをしています。ある日、本国に残してきた二人の子がやってきて、財宝と引き替えに父親の身柄を引き取りたいと言います。しかし、祖慶官人には日本でもうけた子が二人おり、領主はその子らを伴うことを許しません。帰国を促す唐土の子と引き留める日本の子の板挟みにあって苦しみ、祖慶官人は、海に身を投げようとします。領主はさすがに哀れに思い、すべての子を連れて行くことを許します。四人の子と祖慶官人を乗せた船は追い風を受けて、揚々と海にこぎ出すのでした。
能面「喝食」
英彦山(ひこさん)の天狗にさらわれた子ども
若い少年をかたどる「喝食(かっしき)」は、銀杏(いちょう)型の前髪が特徴です。その名は、中世の禅寺において、食事の始まりを告げたり、献立を読み上げる役目をつとめる半僧半俗の少年に由来すると言われています。「喝食」は、さまざまな芸能を身につけ、諸国を旅してまわる少年の役に用いられます。そうした少年は、英彦山にゆかりのある『花月(かげつ)』にも登場します。『花月』は、子と生き別れになった男が京都の清水寺にたどり着いたところから始まります。そこでは、芸能に秀でた花月と名乗る少年が、人気を博しています。そのさまをよくよく見れば、英彦山で生き別れになった我が子。花月は、幼い頃に天狗にさらわれて、英彦山から諸国の霊峰をめぐったことを物語って聞かせます。
能面「中将」
豊前(ぶぜん)の海に消えた平家の公達(きんだち)
「中将(ちゅうじょう)」は、代表的な若い男の面で、眉間(みけん)に皺を寄せた憂(うれい)に満ちた表情です。額(ひたい)の上のほうにある眉やお歯黒(はぐろ)は、殿上人(てんじょうびと)であることをあらわします。王朝の貴公子や平家の公達の役に用いられます。『平家物語』を題材にした能は、数多くあります。『清経(きよつね)』は、豊前・柳ヶ浦(現在の北九州市門司(もじ)区の海岸)に散った平清経を主人公とします。西国に落ちた清経を案じる妻のところに、清経は柳ヶ浦に入水(じゅすい)したという報せと遺髪が届きます。妻は、悲しみのあまり遺髪を使者に突き返します。その夜、妻の夢に清経の亡霊が出現。亡霊は、筑前を追われて豊前に逃れ、宇佐八幡宮(うさはちまんぐう)で祈ってみたところ、平家を見限るような神託が下り、空(むな)しくなって死を選んだと語ります。
このほか、展示では、肥前(ひぜん)・松浦(まつうら)や日向(ひゅうが)、薩摩(さつま)の地を舞台にした能と、そこに登場する能面をご紹介します。能を道しるべに、九州各地の旧跡を訪ねる旅に出かけましょう。
(杉山未菜子)