平成30年9月4日(火)~11月4日(日)
はじめに
4、護符(部分)
福岡市美術館と当館がそれぞれ所蔵する、福岡藩主ゆかりの「黒田資料」を併せて活用するシリーズ展示の最後となる10回目は、具足(ぐそく)(鎧兜(よろいかぶと))に付属するお守りがテーマです。武士たちは戦場で命を落とさないため防御力にすぐれた具足を用いていましたが、それに加えて運を味方につけるため、さまざまな仕掛けを具足に施していました。死装束(しにしょうぞく)となるかもしれない具足に武士たちはどのような願いを込めたのでしょうか。今回はいつもとは少し違った見方で具足の魅力をご紹介したいと思います。
不動明王図の分類が「武」?
1、不動明王図
黒田家に伝来した品々は明治時代に入ってから大規模な分類整理が行われています。資料の箱にはその時のラベルが貼られてあり、古文書だったら「書」、武具だったら「武」のように分類記号が書かれています。本展開催のきっかけとなったのはこの記号の使い方で不自然な品があることに気が付いたからでした。その品とは福岡市美術館で所蔵する木版画の不動明王図(ふどうみょうおうず)【資料1、右下写真】です。通常ならば、掛軸(かけじく)になっている絵なので、「掛物(かけもの)」という分類になるはずですが、箱には「武」という記号がありました。そこで、明治期の道具帳を調べてみると、この版画が初代藩主黒田長政(ながまさ)(1568~1623)が徳川家康(とくがわいえやす)(1543~1616)から拝領(はいりょう)した歯朶前立兜(しだまえだてかぶと)【資料2】に付属する品ということが分かりました。つまり、この図は兜を着用する長政を守護する存在として、黒田家で長く大切に伝えられてきた品だったのです。
具体的に守護本尊(しゅごほんぞん)の姿を描いたものではありませんが、黒田家には他にも具足に付属していたお守りが伝来しています。例えば「警固宮御鎧加護守(けごぐうおんよろいかごまもり)」【資料3】とあるのは、二代藩主忠之(ただゆき)(1602~1654)をはじめとする歴代藩主の産神(うぶがみ)である警固(けご)神社(福岡市中央区)のお守りです。また、合子形(ごうすなり)兜【資料5】に付属していたと伝えられるお守り【資料4】の中身には、三代藩主光之(みつゆき)(1628~1707)のために作成された護符(ごふ)が入っていました【左上写真】。他にも光之の産神である紅葉八幡宮(もみじはちまんぐう)(福岡市早良区)ゆかりと考えられる紅葉や、香椎宮(かしいぐう)(福岡市東区)の綾杉(あやすぎ)を封入したお守りも一緒に伝来していました。この合子形兜が光之によって作成されたのは17世紀末で、既に平和な時代となっていましたが、藩主の安全を祈って具足と共に様々なお守りが作成されていたことが分かります。こうしたお守りは兜の鉢(はち)の内側や、具足櫃(びつ)の蓋の裏側に貼られている事例が見られます【資料6、7】。
周囲に睨みをきかせる「飾り」
9、魅前立六十二間星兜
お守りは兜の内側や櫃の中など、見えない場所に貼られることが多いのですが、目立つ場所に自分を守る存在を置くこともあります。その場合、恐ろしい怪物、神仏に関わる文言や道具の飾りが兜の目立つ場所に付けられ、周囲に睨(にら)みをきかせました。
具体的には、魅(しかみ)(獅噛(しかみ))という怪物【資料7、8、9】、憤怒の表情をした鬼瓦【資料10】、鯱(しゃちほこ)を連想させるヒレ【資料11】などは魔除けのために用いたと考えられます。また、密教の法具である三鈷杵(さんこしょ)の前立【資料11】、「八幡宮」と書いた後立(うしろだて)【資料13】、阿弥陀如来(あみだにょらい)を表す梵字(ぼんじ)の前立【資料14】は、その兜を使った人物の信仰を思い起こさせます。
目立たないけれど意味がある
普通のアングルからはほぼ見ることができない場所や、気が付きにくい場所に秘密のまじないが施されている事例もあります。右下の写真【資料17】は兜を上から撮影したものですが、八幡座(はちまんざ)という頭頂部の金物の穴から星型の縫い目が見えます。この星は「五芒星(ごぼうせい)」と呼ばれるもので、陰陽道(おんみょうどう)では魔除けの呪符(じゅふ)として用いられるものです。武家の礼法をまとめた「訓閲集(くんえつしゅう)」【資料20】の中には兜の図と共に、実際に五芒星が描かれているものがあり、江戸時代の武士の間である程度は共有されていた知識だったのかも知れません。
この他に、具足ではありませんが、旗指物(はたさしもの)には五芒星と一緒に禍(わざわい)を避けるといわれる「九字(くじ)の紋(もん)」という印が縫われているものをよく見かけることができます。【資料18、下写真】
18、藤巴紋旗
20、訓閲集
17、定紋前立付八間筋兜
おわりに
最善を尽くした上で最後に神仏に祈って完璧を目指す。具足に込めた様々な願いからは、戦(いくさ)に臨(のぞ)む当時の武士たちの真剣さと信心深さが伝わってきます。 (宮野弘樹)