江戸の園芸
令和6年2月14日(水)~4月7日(日)
はじめに
1日1日、徐々に日も長くなり、1月下旬頃から咲き始めた梅の花が見頃を迎え、ソメイヨシノの開花が待ち遠しい季節となってきました。日本の気候は春夏秋冬がはっきりしており、私たちは四季折々に咲き誇る樹木や草花の姿を愛でることができます。また、自ら植物を庭やベランダなどで育て、その成長する過程を楽しんでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本展は、江戸時代の園芸がテーマです。「園芸」とは、野菜や草花、果樹、花木などの植物を栽培することや、栽培する技術を指す言葉です。園芸には、個人が趣味で行うものと、事業として行われるものがありますが、本展で取り上げるのは前者になります。
江戸時代、園芸文化は武士層をはじめとして町人などの庶民にも広がりを見せました。福岡藩でも儒学者の貝原益軒(かいばらえきけん)が本草学研究の一環として植物の栽培に関する書物を著わしたり、11代藩主の黒田長溥(くろだながひろ)が海外からもたらされた草花を自ら描いたりしています。このような福岡藩の園芸文化の一端が垣間見られる資料などを中心に「江戸の園芸」について紹介します。
植物を愛でる
日本において、樹木の姿を観賞し花を愛でるということは、古くから朝廷や貴族を中心に行われていました。江戸時代になると、徳川家康(とくがわいえやす)が江戸城内に御花畑を設けたのをはじめとして、諸大名の居城や江戸屋敷にも庭園が設えられ、武士層を中心に園芸が盛んとなりました。また、庶民の間では、信仰と娯楽をかねて各地の神社や仏閣を訪ねて樹木を愛でる「名所めぐり」が広がりました。この時期、観賞の対象となった植物は、古くから愛された梅や桜、椿、松といった樹木類でした。
江戸時代中期になると庶民にも園芸文化が浸透し、樹木だけでなく、季節ごとに見頃を迎える草花を揃えた民間の庭園も登場し、新しい名所となっていきました。新たな広がりを見せた「名所めぐり」で植物を愛でる人びとの様子は、歌川広重(うたがわひろしげ)ら著名な絵師による錦絵などから、うかがい知ることができます。また、全国で編まれた「名所図会(めいしょずえ)」からも、各地の花の名所とそれを楽しむ人びとの様子をたどることができます。