平成27年4月28日(火)~平成27年6月28日(日)
「最古の王墓」発見から30年
多鈕細文鏡 (吉武高木遺跡 国指定重要文化財) |
その中流域にある吉武高木遺跡(よしたけたかぎいせき)では30年前、豊富な副葬品(ふくそうひん)をもつ弥生時代のお 墓がみつかり、「最古の王墓」や「早良王墓」として注目を集めました。その3号木棺墓(もっかんぼ)からみつかった副葬品は、多鈕細文鏡(たちゅうさいもんきょう) (ひも通しのつまみを二つもち、精細な幾何学文様で飾られた銅鏡)、青銅製の武器三種、宝石の首飾り (翡翠(ひすい)製の勾玉(まがたま) と碧玉(へきぎょく)製の管玉(くだたま))で、当時としては最高級のセットになります。これらの青銅器は日本列島で本格的な使用がはじまる最古段階、弥生時代中期初め (紀元前3世紀) のもので、朝鮮半島にルーツがあります。北部九州では武器を中心とした青銅器文化がはじまりますが、剣のほか、矛(ほこ) (根元の袋に長い柄(え)を挿入して使用する刺突武器)と戈(か)(柄に直角方向に装着し、敵に打ち込み手前に引いて倒す武器)もセットで副葬されていました。
鹿が描かれた甕棺(吉武高木遺跡) |
その発見から、30年たちましたが、早良平野ではさらに青銅器や弥生墳墓の発見遺跡が増加しており、北部九州のなかでも初期青銅器が集中する地域となっています。本展示では吉武遺跡調査以後の発見例を中心に紹介し、弥生時代の早良平野について考えてみたいと思います。